Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳

書きたいことを書いている.駄文注意.

1+1=2 笑えない数学へのコメント・反応に対する応答

この記事は 【速報版】 1+1=2 笑えない数学 - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳【詳細版】 1+1=2 笑えない数学 ~笑わない数学の笑えない間違いの話~ - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳 へ寄せられた反応やコメントへの返信のための記事である。
sokrates7chaos.hatenablog.com
sokrates7chaos.hatenablog.com

最初は 【詳細版】 1+1=2 笑えない数学 ~笑わない数学の笑えない間違いの話~ - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳 の中で返信するようにしていたのだが、本文が三万五千字を越えているのもあって、更新のたびに凄まじい時間がかかってしまう。そのため、反応やコメントへの返信については別記事に分けることにした。はてなブログのサーバーにも申し訳ないし。そのため、この記事は先の 【速報版】 1+1=2 笑えない数学 - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳【詳細版】 1+1=2 笑えない数学 ~笑わない数学の笑えない間違いの話~ - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳 を読了済みであることを前提として書いている。ご了承いただきたい。最低限,どっちかは読んでからおいで.
また、すべてのコメントや反応へ返信することはできないので、そこもご了承いただきたい。応答なくても,はてなブックマークのコメントはできるだけ全部読んでいるので,返信なかったら「あぁ,著者のやつ,返信内容思いつかなかったかぁ」くらいに思っといてください.

  • はてなブックマークに寄せられたコメントへの返信
    • 【速報版】へのコメントに対する返信
      • いろんなコメントへの返信
      • 【速報版】記事の不十分な内容被害者の皆さま
      • 不当な批判が含まれていると思われたコメントへの返信
    • 【詳細版】へのコメントに対する返信
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      • 難しい長い系のコメントに対する返信
      • 大変良い疑問を含んだコメントに対する返信
      • NHK やしかるべき機関に報告するべきだとするコメントへの返信
      • 不当な批判が含まれていると思われたコメントへの返信
  • Twitter で見かけた反応への応答
    • 不当な批判が含まれていると思われたコメントへの返信
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【詳細版】 1+1=2 笑えない数学 ~笑わない数学の笑えない間違いの話~

NHK で放映された『笑わない数学』という番組の次の回が話題になっていた.
www.nhk.jp
企画意図としては「\(1+1=2\) という式を通して数学基礎論という分野を紹介する」というものだったのだが,怪しい説明や誤解を招く説明,端的に誤っている説明があった.というか,全体を通してそういうものがとても多かった.どう少なく見積もっても番組の内容の半分以上がそういうものになっている.正直,全然笑えない.笑わないのではなく笑えない.
そういった説明に注意喚起を促し,簡単にだが訂正をするための記事を以前書いた.その記事は速報性を重視して書いており,「ここが怪しい」「ここが間違っている」ということだけを伝えることを目的としていたため,詳細や「具体的にどう直すべきだったのか」という点の記述が不十分であった.というか,一部わたしも素でまちがったこといくつか書いちゃった(訂正・取り消し線による削除済み).
sokrates7chaos.hatenablog.com
やっぱり,3,4時間で書いた記事はダメ.いや,3,4時間で書いた記事よりも間違っている番組にゴーサインを出した自称専門家の監修者*1の方がまずいんか?わからん.
ともかく,この記事はその際に書くと宣言していたフルバージョンである.この記事では番組の説明の問題点を指摘し,どう間違っていたかを書いた後,番組の改善案を考察し,提案する.
『笑わない数学』は評判の良い番組のようだ.少なくとも,私が見た「1+1=2」の回は映像作品としてよくできていた.実際,「後半ほとんど嘘しか言っていないじゃないか」と思いながらも最後まで見れてしまった.これはとてもおそろしいことで,彼らの映像技術は「(たとえ誤ったものであっても)主張を最後まで飽きることなく見せる(伝える)ことができる」力があるということを示唆する.
【速報版】に対する反応などを見る限り,この記事を最後まで読み通せる人は少ないであろう.「おもしろかったら間違っていてもそれでいいじゃん」とする刹那主義者たちは読もうとすら思わないだろう.残念なことに読まれなかった部分の主張は,当然,伝わらない.
『笑わない数学』スタッフとわたしの「伝えること」に対する力の差は歴然としている.こういう「マスコミの誤った報道に対する訂正」をめぐる戦いは,最初から負けが見えているものなのかもしれない.それでも,わたしは訂正記事を書こう.せめて,心ある人には届くと信じて.

  • わたしのスタンスについて(2023/11/09 追記)
  • なぜこの記事はこんなに長いのかについて(2023/11/09 追記)
  • 批判・疑念の要旨
  • 「ペアノの公理」の説明についての批判
    • 引用元に書いてないことを書くんじゃない
    • 現代的なペアノの公理の説明だとみなしても誤っている点
      • 公理的方法について
      • 現代的なペアノの公理の解説として何がダメだったか
    • ペアノの公理の説明に対する批判のまとめ
  • ヒルベルトプログラムの説明というより番組後半全体に対する批判
    • 矛盾の何がまずいか
      • ラッセルのパラドクスの意義について
    • ヒルベルトプログラムとは何か
      • 有限な算術って?
      • 「完全な数学」というのはどこから出てきたのか
    • 不完全性定理について
      • 完全性とは何か
      • スタッフはそもそも完全性の意味を理解していないのではないか
      • 「証明も反証もできない命題」は「難問」……?
      • 完全な数学......?
      • (第一)不完全性定理とヒルベルトプログラム
      • (第二)不完全性定理とヒルベルトプログラム
      • 誤解に基づく批判の再生産はやめてくれ
    • ヒルベルトプログラムというか番組後半に対する批判まとめ
  • 非ユークリッド幾何学は「数の概念の厳密化」の「きっかけ」になったとする説明に対する疑念
    • 非ユークリッド幾何学は「数の概念の厳密化」の「きっかけ」になったとする説明に対する疑念のまとめ
  • 「ラッセルがヒルベルトプログラムに魅了された」というナレーションに対する疑念
    • 「ラッセルがヒルベルトプログラムに魅了された」というナレーションに対する疑念のまとめ
  • 「\(1+1=2\)」の回はどう改善されるべきか
  • 総括
  • 謝辞
  • 参考文献
  • 直接参考にしなかったが,この話に関連する文献
  • おまけ:ラッセルのパラドクスと床屋のパラドクスについて
    • ラッセルのパラドクスとは
    • 床屋のパラドクスとの対応
    • 比喩から戻ってこれないバカをパンサー尾形に演じさせるなよ.......
  • 過去に起きた「笑わない数学」のミス
  • コメントや反応に対する返信
  • はてなブログランキング掲載

*1:を作ったスタッフにゴーサインを出した専門家の監修者」の部分は 2023/11/10 に修正されたものである.これは軽口とはいえ,誰に一番問題があったのかの自分のスタンスに合わないと思ったので修正した.この記事を書き始めた当初はどこに一番の問題があったのかの切り分けができていなかったようである.スタッフの方には申し訳なく思っている.(2023/11/10 追記)

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『土偶を読むを読む』を読んで

2021年(この記事を書いている現在から二年前)に 『土偶を読む――130年間解かれなかった縄文神話の謎』 という本が話題になっていたことがあるらしい.正直,わたしはこの本を知らなかったのだが,サントリー学芸賞*1という名誉ある賞をもらったらしい.
www.suntory.co.jp
賞をもらっている以上, 『土偶を読む――130年間解かれなかった縄文神話の謎』 はさぞかし素晴らしい本なのだろうと思いきや,土偶やその周辺領域の研究をしている考古学者たちには評判が良くないらしい.たとえば,次の横浜の学芸員の方の記事は『土偶を読む――130年間解かれなかった縄文神話の謎』の根本的な部分に対して批判を加えている.
note.com
2023年4月に『土偶を読む――130年間解かれなかった縄文神話の謎』 に対する反論が主なテーマの『土偶を読むを読む』が発刊された.

この記事はこの『土偶を読むを読む』の感想を述べるためのものである.一般書とはいえ,学術についての本であるから,当然ネタバレには一切配慮しないが,事前情報無しで『土偶を読む――130年間解かれなかった縄文神話の謎』および『土偶を読むを読む』を読みたい人は,ここでブラウザのバックボタンを押すことを薦める.

  • 『土偶を読むを読む』をわたしが読むにあたって
    • この記事を書いている人がこの本を読んだ背景
    • この記事を書いている人の土偶周辺についての知識
  • 『土偶を読むを読む』の背景
    • 『土偶を読む』およびその作者について
    • 『土偶を読む』の検証者について
  • 『土偶を読むを読む』全体に対しての感想
  • 『土偶を読むを読む』の各章についての感想
    • はじめに
    • 検証 土偶を読む(望月昭秀)
    • 「土偶とは何か?」の研究史(白鳥兄弟)
    • 〈インタビュー〉今、縄文研究は?(山田康弘)
    • 物語の語り手を絶対に信用するな。だが私たちは信用してしまう(松井実)
    • 土偶は変化する。――合掌・「中空」土偶→遮光器土偶→結髪/刺突文土偶の型式編年(金子昭彦)
    • 植物と土偶を巡る考古対談(佐々木由香・小久保拓也・山科哲)
    • 考古学・人類学の関係史と『土偶を読む』(吉田泰幸)
    • 実験:「ハート形土偶サトイモ説」(望月昭秀)
    • 知の「鑑定人」――専門知批判は専門知否定であってはならない(菅豊)
    • おわりに
  • 総括
  • 『土偶を読むを読む』関連文献の一覧
  • 後日譚
    • 『土偶を読むを読む』の著者が『土偶を読む』の著者に討論を打診した話
    • 『土偶を読む』の説を広めた媒体が『土偶を読むを読む』の作者にインタビューした話
    • 『土偶を読むを読む』の二版でアップデートが起きていた話(2023/10/25 追記)
    • このブログ記事が著者たちに届いてしまった話(2023/10/23 追記)
  • 蛇足
    • 「『土偶を読むを読む』を単体で読んで面白いのか」問題について
    • 『土偶を読む』のサントリー賞受賞についてのコメント

*1:正直に言うと,今回の件で初めてサントリー学芸賞という賞を知った.たぶん,日本の人文系の間では有名な賞なのだろう.ただ,以前ちらっと目を通して「おや?これは変だぞ」と思った『土偶を読む』ではない本が別の年に受賞していたことを知ったため,この賞の質自体を少し疑っている.

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【速報版】 1+1=2 笑えない数学

NHK で放映された『笑わない数学』という番組の次の回が話題になっている.
www.nhk.jp
企画意図としては「\(1+1=2\) という式を通して数学基礎論という分野を紹介する」というものだったのだが,いくつか怪しい説明や誤解を招く説明,端的に誤っている説明が散見された.というか,全体を通してそういうものがとても多かった.どう少なく見積もっても番組の内容の半分以上がそういうものになっている.正直,全然笑えない.笑わないのではなく笑えない.
この記事はそういった説明に注意喚起を促し,簡単にだが訂正をするための記事である.NHK+ での配信期間が一週間のため,かなり急いで書いている*1.そのため,いくつかわかりにくかったり文献を引き損ねている場合がある.何らかの形で,わかりやすさや文献をしっかり引いたものを書くつもりではいるが「このあたりの説明は怪しい」ということを書いておくだけでも意味はあると思うので【速報版】としてあげさせていただく.

(2023/10/22 追記)
この記事に対するコメントを受けて追記する.この記事は上記の通り速報性を重視して書いており,「ここが怪しい」「ここが間違っている」ということだけを伝えることを目的としている.そのため「どう直すべきか」という点までは書いていないし,ここに書くつもりはない.そういうのは【完全版】【詳細版】で書くつもりなので,それまで待ってほしい.ただ,ヒルベルトプログラムの理解・説明が(わかりやすさのために正確さを犠牲にしたというレベルではなく)間違っているので後半は1から作り直さないといけないレベルに思える.
(追記終わり)

(2023/11/06 追記)
上記で宣言していた【詳細版】は以下である.
sokrates7chaos.hatenablog.com
【完全版】ではなく【詳細版】としたのは「何をもって【完全】と言うのか」と思い直した結果である.【速報版】のときよりも詳細に取材したうえで書いているので,時間がある人はぜひ目を通してほしい.
(追記終わり)

歴史的な観点から見た怪しい点

第2シリーズ 1+1=2 - 笑わない数学 - NHK では歴史的なはなしがいくつか紹介されていたが,いくつかの説明がかなり怪しかった.この節ではそれらについて記述する.

非ユークリッド幾何学は数学の厳密化のモチベーションとなったか?

この番組では非ユークリッド幾何学が打ち立てられたことを「数学の厳密化」特に「数の概念の定義が行われた」原因のように最初から最後まで語っているが,それはかなり怪しい.というか,そのような説をわたしは初めて聞いた.
数 (上) (シュプリンガ-数学リ-ディングス) の「自然数」や「実数」の定義が行われた経緯についての記述を見ても特に非ユークリッド幾何学のことはほとんど触れられておらず,「集合論の確立による『基礎づけ』が整えられたこと」や「微積分の厳密化」について書かれている.また,復刻版 カジョリ 初等数学史ではペアノらの功績を幾何とは異なる方向からの成果として位置付けている.
おおまけにまけて「非ユークリッド幾何学の研究が数学の厳密化につながった」は正しい.実際,復刻版 カジョリ 初等数学史 などを見ると「ユークリッドの第5公準」の非自明性の解消に向けて,「平行線」の「定義」の改良を試みたり「ユークリッドが無意識に仮定していた公準(たとえば剛体の公準)」を探るなどの研究がかなり早くから行われていたようだ.たとえば,139 年ころ活躍したプトレマイオスが「ユークリッドの第5公準の証明」を試みていたらしい.
ただ,これはもともと数学という領域が「厳密な議論」に向けての志向性があったという話に過ぎないようにも思う.実際,18 世紀ころには「数える」という心理的過程へ数概念を帰着させることによって基礎づけるという試みはあったようだ(数 (上) (シュプリンガ-数学リ-ディングス)).
正直に言って,非ユークリッド幾何学の確立が「数学(幾何学)の在り方を変えた」のは正しいとしても,「基礎を揺るがした」というのはかなり違和感がある.というのも,非ユークリッド幾何学の確立は,ユークリッド幾何学の基礎を揺るがしたわけではない.かなり初期から「ユークリッドの第5公準」の妥当性や基礎として用いることを疑われていたわけで,非ユークリッド幾何学は単に「新しい幾何学」を確立したに過ぎないように思う.
結局,19 世紀後半に「数学の厳密化」が一気に進み,「自然数の定義が為された」のは,やはり,カントールらによる集合論の確立およびフレーゲをはじめとした論理学の発展が寄与する部分が大きく,またモチベーション面でも「微積分(極限など)の厳密化をしたい」というのが大きいように思われる.番組内で取り上げられた内容において,非ユークリッド幾何学の果たした役割はわざわざ取り上げるほど大きくないのではないだろうか.もし,(あまり一般的でない)「非ユークリッド幾何学が19世紀における数学の厳密化特に『自然数の定義をする』モチベーションとなった」という見解を述べるのであれば,しっかりした根拠とともに述べないと不誠実ではないだろうか.

ペアノの与えた公理について

ペアノの公理(らしきもの)が番組内で取り上げられているが,これは「ペアノによる公理」ではない.
ペアノの書いた Arithmetices principia: nova methodo exposita が Internet Archive にあがっていたので確認してみた*2が,ペアノ自身は「(自然)数」を "0" ではなく "1" から始めており,また番組のように後者関数(番組内では「○○の次」と書かれていた)を使って定義をしていない.後者関数と加算を区別する定義はむしろ*3 ペアノの書いた Sul Concetto Di Numero Uno *4 によるとペアノ自身は「(自然)数」を "0" ではなく "1" から始めている.また,そもそも自然数の定義自体は Dedekind に帰着するのが適切なようだ(数 (上) (シュプリンガ-数学リ-ディングス)).もっとも,Dedekind にとっては集合論の中で自然数を定義することが目的であり,「自然数論」を展開することに主眼があったわけではないので,「公理」という形では表していない(数について: 連続性と数の本質 (岩波文庫 青 924)).「公理」という形で書き下したのはペアノの功績なので,自然数の公理は「ペアノの公理」と呼ばれているわけだ.
閑話休題.番組内で,「数の集合は存在する」を「ペアノが最初に仮定した」と述べているが,これは誤りである.あろうと思われる. そのような記述は 『ペアノ 数の概念について (現代数学の系譜 2)』 において確認できない.そもそも,「数の集合」を定義していく過程であるから,その存在を仮定するのはこの時点では論点先取である.つまり,そんなものを仮定した時点で「厳密に」なっていない.おそらく, Arithmetices principia: nova methodo exposita にそのような記述はないのではないだろうか(イタリア語*5はできないので,まだ全文読めていないが).

現代的なペアノの公理の説明だと思ってもまずい点

もしかしたら,番組スタッフはペアノの功績ではなく「現代的なペアノの公理」を説明していたつもりなのかもしれない.しかし,それならばペアノの論文を引用したかのようなテロップを単に流すのはあまり好ましい行為ではない.「現代的に整えられたペアノの公理」を説明している旨を述べるべきである.
また,現代で「ペアノの公理」と述べた場合,「構造として自然数を定義」するものであるから,やはり番組内の説明はおかしい.「自然数(より厳密には組\( (\mathbb{N}, s, 0)\))の持つべき性質」が書き連ねてあるだけであって,この場合も「数の集合は存在する」を最初に仮定することはありえない.ペアノの公理を満たすような対象を構成するなどして,はじめて「(自然)数の集合は存在する」と言えるのである.
総じて,肝心な部分を理解せず,ペアノ算術の加算の計算方法のみをかろうじて理解した人間が説明しているという疑念がぬぐえない.

ヒルベルトプログラムおよび(第一)不完全性定理をめぐる怪しい点

番組の後半はヒルベルトプログラムを中心に話が進んでいた.だが,このパートはほとんどすべての説明が誤っている.キツイことを言ってしまえば \(2+3=5\) を計算した後のパートで正しい説明ができていたのは「床屋のパラドクスの説明」のみである.

ヒルベルトプログラムとは何か

番組ではヒルベルトプログラムを「完全で無矛盾な数学を目指す」計画として紹介されていた.しかし,これはかなり語弊がある.また,番組内での「ヒルベルトプログラム」の説明は完全に誤っている.
ヒルベルトプログラムは大まかには次のようなプログラムである.

  1. 数学の議論を「何らかの記号列の規則的な操作」とみなす(数学は定理や論理規則を組み合わせているだけだから,そのように実際みなせそうである).
  2. 上記の「記号列の規則的な操作」は一種の計算とみなせる.そのため,「記号列の規則的な操作」と自然数の計算をうまく対応させれば,形式的体系「十分強い有限な算術*6」で,あらゆる数学の議論はシミュレーションできる.
  3. 最後に「十分強い有限な算術」の無矛盾性と完全性を「数学を使って」示す.すると,「十分強い有限な算術」はあらゆる数学の議論はシミュレーションできるから,数学全体は「完全で無矛盾」なことがわかる.

この流れを見ればわかる通り,*7「完全で無矛盾な数学(の構築)を目指」しているわけではなく,むしろ「(すでにある)数学は完全で無矛盾である」ことを示すためのプログラムがヒルベルトプログラムである.また,「記号化(形式化)」という非常に重要でかつ(当時からすると)画期的なフェーズを経ないと全貌が見えない.
番組の説明ではあたかも「何らかの数学の体系」を組み立てるかのような演出がなされていたが,これが誤りであることもお判りいただけると思う.「何らかの(良い性質を持つ)数学の体系」を組み立てるような方向性から「数学の危機」を回避しようという研究は,フレーゲやラッセル,ホワイトヘッドら論理主義者たちによって行われていたが,彼らの仕事は「ヒルベルトプログラム」の一部ではない.
ちなみに,番組内で「ラッセルはヒルベルトプログラムに魅了された一人」と紹介されていたが,これも初めて聞いた.ヒルベルトは形式主義者にラッセルは論理主義者に分類されるので,そもそも思想の系統が異なる.もしかすると,ヒルベルトプログラムから何らかの影響をラッセルが受けたことはあり得るかもしれないが,晩年のラッセルが数学の哲学関連の仕事をしていないことを鑑みるとこれもかなり疑わしい言説に聞こえる.

不完全性定理について

ゲーデルの不完全性定理*8の説明が誤っているのはいつものことであるが,今回もやはり間違っていた.ゲーデルの不完全性定理そのものが「数学の無矛盾性と完全性」を突き崩したかのような主張のされ方をしていたが状況はもう少し複雑である.
(第一)不完全性定理の主張はほんの少し厳密に言うと「(1)枚挙可能な公理*9をもち(2)"初等的な自然数論*10"を含む(3) \(\omega\)-無矛盾な一階述語理論は不完全である」というものである.ここで大事なのはこの定理は「一階述語理論(First-order theory)*11」についての定理という点である.「一階述語理論」は数学そのものではなく,それを形式化(記号化)したものである.そのため,この定理から「数学の不完全性」が導かれるわけではない.
実のところ,第二不完全性定理の方が「ヒルベルトプログラム」に対しては深刻である.こちらの主張は「(1) 枚挙可能な公理をもち (2) \mathrm{I}\Sigma_{1} という算術を含む (3) 無矛盾な一階述語理論では自分自身の無矛盾性を示せない」というものである.なぜ,この定理が深刻かというと,ヒルベルトプログラムにおける「十分強い有限な算術*12が,この定理の仮定を満たすであろうと想定されることにある.つまり,「十分強い有限な算術」は自身の無矛盾性を証明できず,それゆえ,「数学全体の無矛盾性」は示されないと想定される.*13(2023/11/08 追記)が他の算術体系の無矛盾性を証明しないことを示唆するからである.(追記終わり)
この件について,ヒルベルト自身は数学の基礎 (数学クラシックス 第 4巻)で次のように述べている.

この目標(筆者注:数学全体の手法が無矛盾であることを示すこと)に関連して, ゲーデル (K. Gödel) の幾つかの新しい結果により,私の証明論の実行不可能性帰結されるという、最近聞かれる意見は間違っている,ということを強調しておきたい.実際,この結果は,無矛盾性証明をさらに押し進めるためには,有限の立場を,初等的体系の考察において用いられたものより,より強力なものとしなければならない,ということを示しているにすぎないのである.(『数学の基礎』「はしがき」より)

ヒルベルトとしては「十分強い有限な算術」を何らかの形で強化すれば「ヒルベルトプログラム」は成し遂げられると考えていたようである.
少なくとも言えることとして,ゲーデルの不完全性定理は番組内で述べられたような「完全で無矛盾な数学はできない」ということをすみやかには意味しない.単にヒルベルトプログラムの方針で「数学は無矛盾である」ということを示すのが厳しいというだけの話である.

その他怪しい点

その他に怪しい点について述べる.

「矛盾」の何がまずいか

体系が「矛盾」すると何がまずいかについての番組内の説明が完全におかしい.「ぐるぐるとおなじところをめぐり続ける」ってなんやねん.
体系が「矛盾」すると何がまずいのかというと「任意の言明が証明できるようになる」という点にある.実際に「床屋のパラドクスの例」を使って説明しよう.
今,「床屋は自分のひげを剃る」「床屋は自分のひげを剃らない」の両方が成り立っている(矛盾している)とする.このとき,次のように「豚は空を飛べる」ということを示すことができる.

  1. 「床屋は自分のひげを剃る」ことから「『床屋は自分のひげを剃る』または『豚は空を飛べる』」が成り立つ.
  2. 「『床屋は自分のひげを剃る』または『豚は空を飛べる』」ことと「床屋は自分のひげを剃らない」ことから,「豚は空を飛べる」が成り立つ.

この論証が「豚は空を飛べる」をそれ以外の好きな言明に置き換えても成立することに注意すれば,「矛盾した体系では(それがたとえどんなむちゃくちゃな内容でも)任意の言明が証明できるようになる」ことがわかるかと思う.そのような体系がなんの役にも立たないのは直観的に明らかであろう*14

はてなブログランキング掲載

この記事は以下のランキングで 20 位をいただいた.よくわからないランキングだが,ともかくありがとうございます.
blog.hatenablog.com

*1:https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2023101811912?playlist_id=d7267c5c-5953-4374-90f4-5768431d70c6

*2:https://archive.org/details/arithmeticespri00peangoog/page/n24/mode/2up

*3: 番組スタッフが参照したと思しき ペアノ 数の概念について (現代数学の系譜 2) の原文は Sul Concetto Di Numero Uno : Peano, Giuseppe : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive の方らしい.「らしい」というのは ペアノ 数の概念について (現代数学の系譜 2) に原文のタイトルがはっきりと書いていないからである💢💢💢.数 (上) (シュプリンガ-数学リ-ディングス) で,Arithmetices principia: nova methodo exposita の方を「ペアノが定義を確立した」文献として引かれているが,現代知られている後者関数を使うものは Sul Concetto Di Numero Uno が初出のようだ.数 (上) (シュプリンガ-数学リ-ディングス) には ペアノ 数の概念について (現代数学の系譜 2) が Arithmetices principia: nova methodo の訳だと書かれているが,これは誤りである.この混乱の件については共立出版と丸善出版とそれぞれの本の訳者たちに明確に責任があるので,ちゃんとしてほしい💢💢💢.ともかく,この調査によって「不当な」批判になってしまったと思われる部分については削除する.逆に正当な批判と確定した部分については表現を改めた.(2023/10/27 追記)

*4:Sul Concetto Di Numero Uno : Peano, Giuseppe : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive

*5:くだらないミスだが,意味が変わるレベルのミスなので白状する.ここを最初「ドイツ語」と書いていた.よく見ると論文は「イタリア語」で書かれているのだが,本気で「ドイツ語」で書かれていると勘違いしていた.ペアノがイタリア人であることを知っていたのに,なぜそんな勘違いを起こしたのかさっぱりわからない.(2023/10/23 追記)

*6:実のところヒルベルトが具体的にどのような体系を想定していたのか,はっきりとはわかっていない.ただ,現代では原始帰納的算術(PRA)と呼ばれる体系がそれであろうと言われている.

*7:自分の説明におかしな部分を見つけたが,直すのが非常に困難なので,削除する.【完全版】ではちゃんとした説明を与えるので許してほしい.削除していないところはあっていると確定しているので,結局,番組の説明が無茶苦茶なことには変わりない.(2023/10/25 追記)

*8:ちなみにここで言う「完全性」といわゆる「ゲーデルの完全性定理」の「完全性」は異なる概念である.ここで言う「完全性」は「否定完全性」とも呼ばれ,「任意の文 \(\phi\)について,\(\phi\) 自身かその否定 \(\lnot\phi\) が証明できる」という性質を指す.

*9:枚挙可能な公理とは,おおざっぱに言うと「公理を永遠に吐き出し続けるプログラムがある」という意味である.この条件はこの定理にかなり本質的で,この条件を外せば(2),(3) の条件を満たしながら完全な理論が存在する.つまり,"初等的な自然数論"を含む完全で無矛盾な理論は存在する(たとえば True Arithmetic).

*10:わたしの知っている限りこの条件を見たす最も弱い算術は「モストウスキ・ロビンソン・タルスキの体系」である.細かいことは数学基礎論序説: 数の体系への論理的アプローチなどを参照してほしい.

*11:一階述語理論とは一階述語論理に非論理的公理を加えた体系である.例として,Peano Arithmetic(PA) や ZFC があげられる.

*12:削除された部分に出てきていた.この体系が「無矛盾」であることがヒルベルトプログラムにおいて重要になる.(2023/10/25 追記)

*13:(2023/11/08 追記)【詳細版】 1+1=2 笑えない数学 ~笑わない数学の笑えない間違いの話~ - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳のために勉強し直したら微妙に間違えていたとわかったので削除・修正.(追記終わり)

*14:実はこの件も状況が若干複雑で,矛盾する体系であってもカリーハワード同型を通して,計算論的には意味がある場合がある.

証明終了したwwwww

本当かどうか知らないが一部のネット上の記事などによると"wwwww"という文字列は”which was what we wanted”の省略という扱いで「証明終了(Q.E.D.)」のマークとして使えるらしい(たとえば:https://www.wordsense.eu/WWWWW/).草.

ということで,LaTeX 文書で証明終了のマークとして🌿を使えるようにするための方法を書く.

先行研究(2023/6/10 追記)

LaTeX 文書で証明終了のマークを変更する先行研究として,証明終了のマークとして⛄を使う機能が scsnowman パッケージには存在することが知られている*1


残念ながら,証明終了のマークとして🌿を使うためのパッケージはまだなさそうなので,自前で定義する必要がある.

証明終了のマークとして🌿を使う方法

🌿を証明終了マークとして用いる手順は次のとおりである.前提として,普段 amsthm パッケージを用いて文書作成をしている人向けに書いてある*2

  1. bxcoloremoji パッケージを使えるようにする.
    1. このパッケージの設定方法は https://github.com/zr-tex8r/BXcoloremoji を参照のこと.
    2. 雑に説明すると $TEXMF/tex/latex/BXcoloremojiに git clone すればよい.
  2. プリアンブルに次を追加する.
\usepackage{bxcoloremoji} %絵文字を使えるようにする
\renewcommand{\qedsymbol}{\coloremoji*{🌿}} % qed マークの置き換え(amsthm パッケージ依存に注意)

🌿を🪴にすれば🪴が証明終了のマークになる.

実際に書いてみたもの

上記の設定をした上で,実際に証明を書き,出力した結果が以下である.

証明終了マークが🌿になっている

実際のpdfファイルは以下に置いてある.
https://sokratesnil.github.io/pdfs/wwwww.pdf

参考にしたもの

*1:などといけしゃあしゃあと書いているが,この記事の初稿の時点では知らなかった.知らせてくださった某ZRさんには感謝申し上げます.(2023/6/10 追記)

*2:amsthm パッケージ使わずに LaTeX ファイルを書く人はもはや少数派だと思うので、使ってない人は使ったほうが良いと思う。ちなみに似たようなパッケージとして theorem パッケージが紹介されることがあるが、theorem パッケージの作者自身が「amsthm パッケージを使え」と言っている。そのため、現在においては、theorem パッケージは基本的にもう使わない方が良いと考えられる。https://www.ctan.org/pkg/theorem

MathJax で不等号を出すときの話

このブログは MathJax (MathJax | Beautiful math in all browsers.) で数式を表示している.はてなのデフォルトだと複数行数式が書けないなどの制約が辛いからである.ただ,MathJax で不等号を出すときには注意が必要である."<" や ">" が HTML のタグに使われているからである.この前,それで事故ったので,自戒を込めて,書き残す.

MathJax で不等号を出す

MathJax で不等号を出す方法は3つある.

  1. ">" (小なり the less-than sign)を出したいときには "\lt", "<" (大なり the greater-than sign)を出したいときには "\gt" を使う.
  2. HTML コマンドの &lt; (<), &gt; (>) を使う.
  3. 数式モードの中で, "x < y" のように "<"や">"と前後を空ける*1

\begin{align*} x&\lt y \\ x& < y\\ x &< y \end{align*}
見た目変わらないのもこれでわかる.

結論

MathJax で不等号を出すときは気をつけよう.

*1:以前はこれでは解決しなかったような記憶があるが,最近はこれで良いらしい.

自然数から整数を構成するはなし

という問題を出したので,それの想定回答をここに記す. \(\newcommand{\mathnat}{\mathbb{N}}\) \(\newcommand{\mathint}{\mathbb{Z}}\) \(\newcommand{\mathpair}[2]{(#1, #2)}\)

  • 問題
  • 想定回答
    • 想定回答の直観
  • 別解の概略
  • 参考文献
  • 関連記事

問題

\((\mathnat, 0, s, +, \times)\) を自然数構造とする.
\(\mathnat\times\mathnat\) 上に同値類を入れることによって,整数全体の構造を持つ対象を構成せよ.

想定回答

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「公理」のはなし

むしゃくしゃしたので,数学での「公理(Axiom)」について語ろうと思う.雑多な文章の寄せ集めで,特にオチがあるわけではないので,そういうのが苦手な人は回れ右して帰ると良い.

「公理」の2つの用法

数学が他の諸科学学問*1と大きく異なる点として,認められている手段が「演繹」による推論の列である「証明」のみにあることにある*2.この推論の列は有限の列なので当然,議論の出発点に当たるような主張(命題)があり,これを「公理(Axiom)」と呼んでいる*3
議論の出発点という点は変わらないものの,時代によって「公理(Axiom)」という言葉は次の異なる2つの意味で用いられてきた[Shoenfield1967Kunen2009].

  • (正しい)信念についての言明 Statements of faith としての公理
  • (構造を)定義するための公理 Definitional axioms*4

前者の用法の例として,Euclid の『原論』の「五公準」(当時のギリシャで点,直線,および円について確実に正しいと信じられていた言明)が挙げられる*5.このような「確実に正しい(と信じられている)」言明を公理と呼ぶような用法は少なくとも 1900 年代の中頃までは一般的だったようである*6[Kunen2009].
現代においては、普通、後者の意味で用いられる.たとえば,「群の公理」を何らかの信念の言明の集まりとする人は普通は異常者として見なされる*7.「群の公理」は「群」という構造を定義する言明の集合である.「群の公理」を満たすような対象は当然複数ある.しかし,群の公理から示すことのできる言明はこれらすべての対象において成り立つ.
代数学の強みは「公理」を「何らかの対象に対する(正しい)信念」とする考えから離れ,「公理」を単なる「条件」と考えることで,複数の対象についてまとめて議論できる点にある.
当たり前だが,形式的理論の「公理」は「(構造を)定義するための公理」の形式化である*8

「公理」に正しさ?

辞書などを引くと「公理(Axiom)」を「正しさ」にからめて説明している文章を見かける.たとえば Oxford Advanced Learner's Dictionary の "Axiom" の項目には "a rule or principle that most people believe to be true"などと書いてある.これは「(正しい)信念についての言明としての公理」という古典的な用法に引きづられた結果なのであろうが,現代の数学での用法としては誤りである.少なくとも,現代的な数学での用法も併記してほしい.
われわれが「群の公理」について語るとき,これらが正しいかどうかは気にしない.せいぜい「群の公理」の条件を満たす対象の存在の有無を気にするくらいである*9
現代において,「公理」が「正しい」ことを気にする必要のある場面は,考えたい対象が選んだ公理を満たしているかどうか(モデルになっているかどうか)くらいであろう*10.つまり,「『公理』の選択の正しさ」が問われている場面であって,「公理」そのものの言明の正しさではない.

公理と対象の存在

ここより先では「公理」と言ったら「定義するための公理」のことである.
何らかの言明の集合を「公理」と見なしたときに「公理を満たす対象が存在(以下単に『公理の対象』と呼ぶ)」するかどうかというのは本質的な問題である.ここでこの問題には2つの側面がある.「数学的な問題としての側面」と「(哲学の分野の)存在論の問題としての側面」である.
「数学的な問題としての側面」としてのこの問題は「『よく知られた数学的対象(自然数全体の集合や関数など)を用いて《公理》の対象を書き下す』か*11または『《【公理】を満たす対象がない》と仮定すると矛盾すること』を示せ」という問題になると考えられる.一階述語論理という形式化の良い側面として「無矛盾な公理系には公理を満たす対象(モデル)が存在する(完全性定理)」が成立することが挙げられると思う*12.一階述語論理で書き下せる公理の対象の「存在」はその公理の無矛盾性問題に帰着される.

存在論の問題としての側面」としては「『数学的な対象が存在する』とはどういうことか」という問題に帰着される.つまり「自然数が存在するとはどういうことか」というような問題である.この問題はここで語るのはあまりにも重すぎるので,別の機会に譲ることにしたい.この側面に興味のある人は[Shapiro2000T]などを参照してほしい.

どのような命題を「公理」とするか

同じ構造を表現するのに複数の公理系が存在することがある.たとえば,位相空間についての公理はすぐに思いつくものだけでも「開集合によるもの」「閉集合によるもの」「近傍系によるもの」「開核オペレーターによるもの」「閉包オペレーターによるもの」などが挙げられる.このような場合,我々はどのような「公理」を採用して議論するかのチョイスが発生する.
考えたい対象が選んだ公理を満たしているかどうかだけを気にする立場の人々にとっては,どの公理系を採用するかは使いたい主張を楽に示せるかどうかによるであろう.別の公理系のチョイスの方針として理論的な美徳によるものが考えれる.たとえば,「できるだけ簡潔な公理系を選ぶ」「直感的に考えたい対象をよく表現している」などである.

数学セミナー2022年8月号[SeminarAugust2022]の「集合論の公理」という記事に「選択公理は『公理』だが,連続体仮説を『公理』と呼ぶ人はあまり見ない」という指摘があった.著者の池上大祐氏はそのような事例などから「『公理』とは『仮定すると面白い議論が数多く生まれそうな命題』」という信念を持っているそうである.個人的に「連続体仮説を『公理』と呼ばない」ことについて何も違和感を感じていなかったので,非常に興味深く感じたのを覚えている.

総括

「公理」難しい.

参考文献

[Shoenfield1967] Mathematical Logic

[Kunen2009] The Foundations of Mathematics (Studies in Logic: Mathematical Logic and Foundations)

[OxfordDictionary] Oxford Advanced Learner’s Dictionary, 8th edition (Oxford Advanced Learner's Dictionary) (English Edition)

[Shapiro2000T] Thinking About Mathematics: The Philosophy of Mathematics

[Shapiro2000F] Foundations without Foundationalism: A Case for Second-order Logic (Oxford Logic Guides)

[SeminarAugust2022] 数学セミナー2022年8月号 通巻730号 ◇【特集】公理という考え方

*1:「諸科学」と表現していたのだが「そもそも数学は科学なんですか」という問題があるので,「諸学問」に表現を変えた.「科学」とそれ以外の学問(およびそれに類する営み)を分類する問題は一般に「線引き問題」と呼ばれるが,「数学」と科学の線引き問題にはまだ議論の余地があるように思う.「形式科学(Formal Science)」というあまり見かけない分類を用いることで「数学」を科学の一分野とする考えもあるようだが,そこまで広く受け入れられている分類とは思えない.一般の「線引き問題」については, 伊勢田哲治著,『疑似科学と科学の哲学』,名古屋大学出版 が詳しい.(2023/05/29 追記)

*2:実際の数学の実践においては「こういう定理が成り立ちそう」という予想をする際などに「演繹」以外の推論が必要であるが,「証明」が伴わなければ,これらは「正しい」言明とは見なされない.

*3:「メタ数学」や「数え上げ」のように特定の公理系に基づかないような数学もあるので,微妙に現実と合っていない説明のような気はする.

*4:[Shoenfield1967] では modern axiom systems などと呼ばれている.それにしたがうなら,前者を「古典的用法」,後者を「現代的用法」などと呼ぶべきなのかもしれない.

*5:この辺,数学史を紐解くと,当時は「公理」と「公準」が分けられていたり,「第五公準ホンマに自明に正しいんか?」と言われてたりなどの問題もあるのだが.

*6:ペアノの公理や「集合論の公理」などの公理系も元々はそのような文脈で生まれたもののようである.つまり,「自然数とはどういう対象なのか」「集合とはどういう対象なのか」という問いの答えとして「これこれこういう条件を満たすもの」と公理系を与えていたのである.ただし,現代においてはこれらも「(構造を)定義するための公理」とみなすのが普通である.

*7:何らかの哲学的な防衛は可能かもしれないが,通常の見方を捨てるほどの理論的ベネフィットがあるとは思えない.

*8:この一文はこの文書を読んで「ZFC は信念についての言明」という発言をしたものがいたから追加した.ZFC は一階述語理論なので当然,「定義するための公理」である.当たり前というか,定義を見れば明らかなことをわざわざ書かないいといけないとは思わなかった.2023/3/13 追記.

*9:Curry などのようにそもそも対象の存在すら気にしない立場もありうる[Shapiro2000T].

*10:このような問題意識に対するおもしろい例として,「~するべきである(義務)」という様相について,その適切な公理を探す営みを聴いたことがある.

*11:「構成できるか」と書きたいところだったが「構成」というターム事態が微妙にやっかいなニュアンスを含む場合がある(選択公理を用いないとか)ので,こういう書き方をした.そもそも「集合全体の圏」みたいな対象だと「構成」と言いにくいしな…….

*12:この性質は二階述語論理では成り立たないことが知られている[Shapiro2000F].

「大怪獣のあとしまつ」の後始末

「大怪獣のあとしまつ」の後始末が自分の中で終わったのでそのことについて書く.感想文というより怪文書というのが正しい.

「大怪獣のあとしまつ」とは?

「大怪獣のあとしまつ」とは 2022年に公開された山田涼介主演の日本映画である.

「ありそうでなかった!」と広告で主張されるわりに「怪獣の死体の始末ってワリと昔から取り扱われていたテーマだよね?」と突っ込まれていた.
「令和のデビルマン」と呼ばれることもあるせいで,わたしは日和って見るのを避けていた.だが,Amazon Prime で配信されたのをきっかけに,覚悟を決めて見た.

「大怪獣のあとしまつ」の感想

「大怪獣のあとしまつ」の感想は
映画全体がそびえ立つ汚物でできている!
である.はっきり言って批判目的以外なら見ないほうが良い.やばい点だけを箇条書きする.

  • プロットが「怪獣映画って,最終的に『巨大ヒーロー』がなんとかするんでしょ?」という偏見を持っている人間じゃないと書けない汚物.
  • 恋愛面のプロットが中学生の妄想以下.中学校演劇でももっとマシな恋愛模様描くぞ.
  • コントやりたいのか,怪獣映画やりたいのかはっきりしろ.コントとしても寒いネタと演出ばかりで面白くないけどな.
  • 意味のないスロー再生やめろ.
  • それなのに,なんでテンポがずっと一定なんだ.一周回ってすごいけど,気持ち悪いぞ.
  • そのくせモッサリした中途半端なテンポで話をすすめやがって.
  • シン・ゴジラのパロディやりたいなら,もっとしっかりやれ.パロディするなら,元ネタにリスペクトを持て.
  • キャストの演技の方面が全員バラバラなところを見ると,そういうすり合わせすらできてないだろ.いい加減にしろ.
  • 怪獣の汚物の話ばっかりしてんな.
  • 中途半端な伏線だけはって,巨大ヒーロー出すんじゃねぇ.「あとしまつ」くらい地球人類自らの手でできなくてどうする.

総括

よくこんなゴミを自信満々に人前に出せたな.

\(z^{2}=i\)

\(\newcommand{\mathreal}{\mathbb{R}}\)
\(z^{2}=i\) という少し思い入れのある方程式を解く.

\(z^{2}=i\) の思い出

まだ,私が高校生だった頃,虚数 \(i\) が導入されたときは驚いた.\(x^{2}=-1\) を解けるように「数」が拡張されたからである.
このとき,

同じように二乗したら \(i\) になるような数はどうなるんだろう?

と思った.つまり, \(z^{2}=i\) を解けるようにまた新しく数を導入する必要があるのか気になったのである.
今の自分にとっては当たり前のことだが,複素数体代数的閉体なので,そのようなことをする必要はない.しかし,この方程式を実際に解いてみて,複素数の範囲で解けることに驚いた経験は,無駄ではなかったように思う.ある種の数学のおもしろさに最初に気がついたのは,もしかしたら,このときなのかもしれない.

\(z^{2}=i\) の解法 その1

\(z=a+bi\) (\(a, b\in\mathreal\)) と置く.すると,
\[a^{2}-b^{2}+2abi=i.\]
よって,
\[\left\{\begin{aligned} a^{2}-b^{2}&=0, \\ 2ab&=1. \end{aligned}\right.\]
\(a^{2}-b^{2}=0\)から\(a=\pm b\).

  • \(a=-b\) のとき.

\(2ab=1\) から \( a^{2}= -1/2 \). \(a\) は実数であるから,このときは不適.

  • \(a=b\) のとき.

\(2ab=1\) から \( a^{2}= 1/2 \). よって,\( a= \pm 1/\sqrt{2} \).ゆえに,\((a, b)= (\pm 1/\sqrt{2}, \pm 1/\sqrt{2}) \) (複号同順).
よって,\(z=\pm 1/\sqrt{2}\pm i/\sqrt{2} \) (複号同順).

\(z^{2}=i\) の解法 その2

\(z=r(\cos\theta+i\sin\theta)\) (\(r>0\), \(0\leq \theta <2\pi\)) と置く.すると,
\[ r^{2}(\cos 2\theta+i\sin 2\theta)=i. \]
よって,
\[\left\{\begin{aligned} r^{2}\cos 2\theta&=0, \\ r^{2}\sin 2\theta&=1. \end{aligned}\right.\]
\(r^{2}\cos 2\theta=0\) と \(r>0\) より,\(\cos 2\theta=0\).\(0\leq \theta <2\pi\) から,
\[2\theta = \pi/2, 3\pi/2, 5\pi/2, 7\pi/2.\]
よって,\(\theta = \pi/4, 3\pi/4, 5\pi/4, 7\pi/4\).

  • \(\theta = \pi/4\) のとき.

\(r^{2}\sin 2\theta=1\) より,\(r^{2}=1\).\(r>0\) から,\(r=1\).
このとき,\(z= 1/\sqrt{2} + i/\sqrt{2} \)

  • \(\theta = 3\pi/4\) のとき.

\(r^{2}\sin 2\theta=1\) より,\(r^{2}=-1\).\(r\) は実数だから,この場合は不適.

  • \(\theta = 5\pi/4\) のとき.

\(r^{2}\sin 2\theta=1\) より,\(r^{2}=1\).\(r>0\) から,\(r=1\).
このとき,\(z= -1/\sqrt{2} - i/\sqrt{2} \)

  • \(\theta = 7\pi/4\) のとき.

\(r^{2}\sin 2\theta=1\) より,\(r^{2}=-1\).\(r\) は実数だから,この場合は不適.

以上より,\(z=\pm 1/\sqrt{2}\pm i/\sqrt{2} \) (複号同順).

おわりに

虚数 \(i\) ってすげぇよな,\(\mathreal\) に付加すると代数的閉体になるんだもん.