Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳

ブログは同人誌の一種だと思って書いてる.書きたいことを書いている.駄文注意.

\(z^{2}=i\)

\(\newcommand{\mathreal}{\mathbb{R}}\)
\(z^{2}=i\) という少し思い入れのある方程式を解く.

\(z^{2}=i\) の思い出

まだ,私が高校生だった頃,虚数 \(i\) が導入されたときは驚いた.\(x^{2}=-1\) を解けるように「数」が拡張されたからである.
このとき,

同じように二乗したら \(i\) になるような数はどうなるんだろう?

と思った.つまり, \(z^{2}=i\) を解けるようにまた新しく数を導入する必要があるのか気になったのである.
今の自分にとっては当たり前のことだが,複素数体代数的閉体なので,そのようなことをする必要はない.しかし,この方程式を実際に解いてみて,複素数の範囲で解けることに驚いた経験は,無駄ではなかったように思う.ある種の数学のおもしろさに最初に気がついたのは,もしかしたら,このときなのかもしれない.

\(z^{2}=i\) の解法 その1

\(z=a+bi\) (\(a, b\in\mathreal\)) と置く.すると,
\[a^{2}-b^{2}+2abi=i.\]
よって,
\[\left\{\begin{aligned} a^{2}-b^{2}&=0, \\ 2ab&=1. \end{aligned}\right.\]
\(a^{2}-b^{2}=0\)から\(a=\pm b\).

  • \(a=-b\) のとき.

\(2ab=1\) から \( a^{2}= -1/2 \). \(a\) は実数であるから,このときは不適.

  • \(a=b\) のとき.

\(2ab=1\) から \( a^{2}= 1/2 \). よって,\( a= \pm 1/\sqrt{2} \).ゆえに,\((a, b)= (\pm 1/\sqrt{2}, \pm 1/\sqrt{2}) \) (複号同順).
よって,\(z=\pm 1/\sqrt{2}\pm 1/\sqrt{2} i\) (複号同順).

\(z^{2}=i\) の解法 その2

\(z=r(\cos\theta+i\sin\theta)\) (\(r>0\), \(0\leq \theta <2\pi\)) と置く.すると,
\[ r^{2}(\cos 2\theta+i\sin 2\theta)=i. \]
よって,
\[\left\{\begin{aligned} r^{2}\cos 2\theta&=0, \\ r^{2}\sin 2\theta&=1. \end{aligned}\right.\]
\(r^{2}\cos 2\theta=0\) と \(r>0\) より,\(\cos 2\theta=0\).\(0\leq \theta <2\pi\) から,
\[2\theta = \pi/2, 3\pi/2, 5\pi/2, 7\pi/2.\]
よって,\(\theta = \pi/4, 3\pi/4, 5\pi/4, 7\pi/4\).

  • \(\theta = \pi/4\) のとき.

\(r^{2}\sin 2\theta=1\) より,\(r^{2}=1\).\(r>0\) から,\(r=1\).
このとき,\(z= 1/\sqrt{2} + 1/\sqrt{2} i\)

  • \(\theta = 3\pi/4\) のとき.

\(r^{2}\sin 2\theta=1\) より,\(r^{2}=-1\).\(r\) は実数だから,この場合は不適.

  • \(\theta = 5\pi/4\) のとき.

\(r^{2}\sin 2\theta=1\) より,\(r^{2}=1\).\(r>0\) から,\(r=1\).
このとき,\(z= -1/\sqrt{2} - 1/\sqrt{2} i\)

  • \(\theta = 7\pi/4\) のとき.

\(r^{2}\sin 2\theta=1\) より,\(r^{2}=-1\).\(r\) は実数だから,この場合は不適.

以上より,\(z=\pm 1/\sqrt{2}\pm 1/\sqrt{2} i\) (複号同順).

おわりに

虚数 \(i\) ってすげぇよな,\(\mathreal\) に付加すると代数的閉体になるんだもん.

論理学およびその周辺領域の本

以前,次のような記事を書いた.
sokrates7chaos.hatenablog.com

このブログのアクセス先の1割を占める程度には人気があるらしい*1.だが,書いてから時間が立ちすぎてしまい,また,その間にもさまざまな新しい本が出てきたこともあり,少し手直しをしたいと考えるようになってきた.そんなわけで,この記事はそのリバイバル版である.

リバイバルにあたって,まずリストの範囲を論理学とその周辺領域の本全体に拡大することにした.また,現在手に入りにくくなった本などはリストから外すことにした.この記事にあげる本は,何らかの形でわたし自身が手に取ったことのあるもの(読んだとは言っていない)に限定している.

すべての本に対してコメントをしきれていないので,周りからサボりを指摘されやすいように,公開しながら作業することにする.暫定でもコメントの終わった本には⛄をつけることにする(2022/08/07 追記).

一般書

この節では論理学の一般書を紹介する.
推論や根拠ある論証について扱う学問領域を論理学と言う.

かんどころシリーズのひとつ.このシリーズのコンセプトとして「入門書の入門」みたいなものを作りたいというものがあるらしい.まさにそんな感じの本である.
「これだけでは何かをやるには圧倒的に足りない.でも何を勉強したらよいかの道しるべにはなる」というのがざっと目を通した感想.詳しいことは他書に譲りまくっているので,この本だけ読んでもわからないことは多いと考えられる.漠然と「数理論理学」がやりたいと思う人が道しるべに読んで「ここを深く知りたい!」となった話題を参考文献で詳しくやるという使い方が最適解ではないか.

数学基礎論界隈のレジェンド竹内先生の集合論の入門書.最初の方は初学者にもわかりやすく丁寧に書いてくれている.が,最終章周辺は明らかにテンションの上がった竹内先生の高度な思考が垂れ流されているので,その辺りの話題を初学者は理解しようと思って読んではいけない.この章については完全にタイトル詐欺である.第4章まで読んで集合論に興味を持ったら, 集合論の入門書のどれかを一冊読んだほうが良い.

一般書のくくりにしたが,明らかに一般書の範疇を超えた内容を扱っている.どの層を想定して書いたのかよくわからない.ただし,この本をきっかけにコンピュータサイエンスの数学を始めた人間を何人か知っている.

ゲーデル不完全性定理の誤用についてまとめた本.読んでいておもしろかった記憶があるが,最後に読んだのがだいぶ前なので,何が書いてあったのか全然覚えていない.

形式論理学

この節では非形式論理学の本を紹介する.
現在,日本で単に「論理学」と言った場合,論理関係を記号化して考察する「形式論理学」を指す事が多い.しかし,形式化せずに論理関係,帰納的論証や論理的誤謬などを考察する分野も存在する.このような領域を形式論理学という.クリティカル・シンキングと呼ばれることもあるようである*2
形式論理学においては,形式論理学ではなかなか扱わない「帰納的推論」も取り上げられる.一般に科学における推論に興味のある方は非形式論理学を学んだほうが得るものは多いかもしれない.

最近出版された非形式論理学の和書.帰納的推論に対する記述が豊富である.
形式論理学に馴染みのないわたしにも読みやすく一ヶ月位で読めてしまった.ただし,一部演習問題で「あれ?」と思った箇所もあった*3.著者の独自用語などは断ってから使ってくれているので,おそらく誠実な方と考えられる.
推論に関わるためか,最後の節は統計の話をしている.だが,記述統計学の域は出ておらず,推計学や因果推論などの話はおまけ程度にしか出てこない.続刊が予定されいているそうなので,続刊で扱ってくれることを願っている*4

帰納的推論・アブダクション

この節では主に演繹以外の推論を主なテーマとする本を紹介する.
演繹以外の推論をすべて「帰納的推論」とまとめる立場と,(先の意味での)帰納的推論のうち「アブダクション」は他の推論方法と違うとして区別して,推論方法は「演繹・帰納アブダクション」の三種類であるとする立場(三分法)がある.この記事においては三分法の立場を取ることにする.

アブダクションとはアメリカの哲学者 Charles Sanders Peirce によって考案(発見?)された推論方法である.「最良な説明への推論」と呼ばれることもある.
この本は Peirce 研究で有名な米盛裕二氏によるアブダクションの解説書である.

数理論理学・数学基礎論

この節では数理論理学・数学基礎論の入門書を紹介する.
数理論理学とは,数学を使って形式化・記号化された論理・計算およびそれらと数学的構造との関係を調べる学問領域である.
数学基礎論の指す領域についてはいまいち曖昧なところがある.数学基礎論を数理論理学の異名として扱う人々もいる(実際,以下に紹介する本のいくつかはそのようなスタンスである)が,ここでは意味を広く取り,「数学基礎論とは数理論理学を含む数学の『基礎』について扱う学問領域」と扱うことにする.
いずれにせよ,数理論理学・数学基礎論の入門書は内容がかぶっていることも多いので,この節でまとめて扱うことにする.

わたしが最初に手に取った思い出深い数理論理学の本.自然演繹の完全性定理と一階述語論理のカット除去可能定理はこの本で最初に勉強した.
今読み返すと完全性定理の証明をするのに Henkin Theory を作っていないなど独特なところがある.

和書では1階述語論理の形式体系周りの話題が最も豊富な本.さまざまな形式証明体系に興味がある場合,この本が入門に良さそう.

薄い割に内容が濃いという評判の本.実際最初に読む本としては少し重たいかもしれない.数学的な部分については厳密に書かれている.
著者の林先生のサイトはこちら→林晋のサイト 八杉晋のサイト

数学基礎論の辞書.

数学基礎論の入門書.公理的集合論の入門書で有名な Kunen が著者.豚がハブられている ZFC の宇宙の絵が好き.

数学基礎論の教科書.不完全性定理などの算術についての話題と(二階算術の)逆数学についてとても詳しい.通しで読むべき本のような気がするが,わたしは辞書のように使うことが多い.

アメリカの標準的なLogicの教科書らしい.理屈はわからないが Kindle 版と日本語訳は原書の半分近くの値段になっている.

古い本.現在この本を読むくらいなら上の Enderton の本などを読んだほうが良いと思う.

不完全性定理

この項目では数理論理学の入門書で不完全性定理にフォーカスを当てている本を紹介する.

不完全性定理についての入門書.「(数学系のわたしが)哲学にも興味があるならこの本読んだほうが良い」と以前ある人に言われた.

様相論理

この節では様相論理にフォーカスを当てている本を紹介する.

通称「様相論理の青い本」.様相論理以外のことも書いてあるのだが,なぜか「様相論理」の入門書として薦められがちなイメージがある.そのため,分類をここにした.
実のところ,様相論理の勉強に使ったことはなく,導出原理の勉強に使った.

通称「様相論理の魔術書」(おそらく,本のデザインのため).「様相論理の黒い本」とも呼ばれる. 数学基礎論サマースクール2015の講演内容をまとめた本.
様相論理でわからないことがあるととりあえず,この本の第一章に目を通す.
様相による真理論に入門するならこの本の第4章が良いと考えられる.

modal $\mu$ 計算に詳しい唯一の和書.日本において modal $\mu$ について学習するなら,まずこの本を読む必要がある時代が来るのではないか.

2015 年頃に様相論理の入門書として薦められたのだが,まだキチンと目を通していない().薦めてくれた S 先生,申し訳ない……

様相論理の辞書みたいな本.

証明論

この節では証明論が主なテーマの本を紹介する.

数学基礎論界隈のレジェンド竹内先生の証明論の本.竹内予想の萌芽が見て取れるらしいが,正直良くわからない.
今読むなら下の本のほうが良いと思う.

証明論の基本的なことがまとまっている本.

モデル理論

この節ではモデル理論が主なテーマの本を紹介する.と言いつつ,不勉強でこの分野についてわたしはほとんど知らない.

モデル理論の定評のある教科書らしい.

公理的集合論

この節では公理的集合論が主なテーマの本を紹介する.

通称「旧版 Kunen」の日本語訳.公理的集合論における強制法(Forcing)の入門書として有名.
下の「新版 Kunen」とは内容が違うらしい.記述集合論の人に言わせると「新版 Kunen には大事な話題が増えたのでとても良いのだが,旧版にしか載っていない大事なこともある」らしい.

通称「新版 Kunen」.上の「旧版 Kunen」とは内容が違うことに注意.言語が違うとはいえ,新板も旧版も読める日本人は恵まれているのかもしれない.

タイトルは圏論の教科書として有名な Categories for the Working Mathematician (Graduate Texts in Mathematics, 5) (邦題 圏論の基礎)のパロディか?Categories for the Working Mathematician (Graduate Texts in Mathematics, 5) が通称 "CWM" なので,この本は "SWM" と呼ぶべきだろうか?
パラッと手に取って最初の方だけ読んだ感じは読みやすかった.

数学の哲学・論理学の哲学

この節では数学の哲学・論理学の哲学が主なテーマの本を紹介する.数学の哲学・論理学の哲学は論理学そのものではないが,周辺領域ではある.関心の多い人間も多いと考えられるため,ここに載せておく.
〇〇学の哲学というのは〇〇学に関する哲学的課題を扱う分野である*5.あくまでも哲学の領域の話であるので,〇〇学そのものと混同しないように注意してほしい.特に「数学の哲学」は伝統的に数学そのものと勘違いされやすく,いわゆるトンデモ屋が湧きやすい.数学徒の間で「哲学的話題」がタブーになる原因の一つがそういった人間たちなので,本当に勘弁してほしい.

「数学の哲学」の定評のある教科書らしい.本の構成は
第一部:数学の哲学で扱う問題と諸派の見解の簡単な要約
第二部:論理主義,形式主義直観主義(以上まとめてビッグスリー)以前の重要な数学の哲学に関する議論・立場の紹介(プラトンアリストテレス,カントおよびミル)
第三部:ビッグスリーの紹介(フレーゲラッセル,ネオ論理主義,ヒルベルト,カリー,ブラウアー,ハイティングおよびダメット)
第四部:ビッグスリー以後の重要な数学の哲学に関する議論・立場の紹介(自然主義,虚構主義,様相真理論,構造主義など)
となっている.各派について,その立場の考え方とその利点,欠点をそれぞれあげてくれている.ただし,ウィトゲンシュタインについてはそれほど取り上げてくれていないので,ウィトゲンシュタインに特に関心のある者は他の本を読む必要がある.

イアン・ハッキングおじさんの本.原題は "Why Is There Philosophy of Mathematics at All? " である.直訳すると『結局,なぜ数学の哲学(という分野)が存在するのか』だろうか.癖のある本なので,入門書として読まないほうが良いのは間違いない.

「論理学の哲学」の本.定評があるかどうかは知らない.今,読んでいる.

その他,論理学に関係はあるが分類に困った本

この節では,論理学に関係はあるが,分類に困ってしまった本を紹介する.

ゲーデルと20世紀の論理学(ロジック)〈1〉ゲーデルの20世紀ゲーデルと20世紀の論理学(ロジック)〈2〉完全性定理とモデル理論ゲーデルと20世紀の論理学 3 不完全性定理と算術の体系ゲーデルと20世紀の論理学 4 集合論とプラトニズム

通称四色ゲーデル.この記事の元記事では入門書に突っ込んでいたが,入門書にしては話題が広すぎるし,難しすぎるので,こっちに持ってきた.
長らく4巻が品切れだったが,最近再販された.

数理論理学周りの位相や束論の話をまとめた本.証明がとても読みづらく行間も広いので,ある程度数学ができて自力で行間を埋められる人のみが読める本と考えられる.

通称 SGL.幾何学と数理論理学における「層」という概念について述べているらしい.
圏論的論理学をやるにはこの本が現状必須らしい.

番外:読むべきではない本

この節では「論理学」の本ではあるが,読むことをとてもおすすめできない間違いの多い本をあげる.

明らかに必要最低限のことも理解できていないまま書いている. ベン図をわざわざ書いてストラクチャを定めず真偽を議論し始めた瞬間, この本をぶん投げた. 有名なサイエンスライターの本だが, こういう悪質な本を書くのはいかがなものかと思う. Kindle 版が出てしまったらしいので被害者が増えないことを祈る.

参考になるリンク

この記事と似たような試みをしているサイトを紹介する.

*1:そんなに人気がないということかもしれない.

*2:クリティカル・シンキングと名前のついた和本でまともな本をあまり見たことがないので,この名称を日本で使うのは避けた方が良いかもしれない.

*3:たとえば,野球の勝利条件として不戦勝が考慮されていないなど.

*4:因果推論を帰納的論理にカウントするのが適当かどうかはわたしの知識量では判断しかねる.

*5:「個別科学の哲学」とも総称される.が,「文学の哲学」など,通常は科学に分類されないような学問領域に関する哲学的課題を扱う分野もあるので「個別の学問領域の哲学」と総称するほうが良い気もする.

シン・ウルトラマンを観て

この記事は映画『シン・ウルトラマン』を観て思ったことを書き散らしたものである.もっと凝ったタイトルにすることも考えたが,面倒なので上のようなタイトルになった(考えすぎてわけがわからなくなったとも言う).
この記事は映画『シン・ウルトラマン』のネタバレを含む.ネタバレが嫌な方は,映画『シン・ウルトラマン』を視聴後にまた来てほしい.

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本文に直接 mathbf と書くのをやめよう 〜LaTeX 初心者よ,見栄えと構造の分離を意識せよ〜

という煽りタイトルをつければ興味を引くかなと思った.簡単な内容で申し訳ない.「そもそもお前も LaTeX 初心者だろ」と言われると「それはそう」と言うほかない.

この記事は TeX & LaTeX Advent Calendar 2021 - Adventar の21日目の記事です.20日目は hilssh さんの うぶつん: LaTeXで宛名ラベルシールの差し込み印刷をする という記事でした.22 日目は t-kemmochi さんの tcolorboxでスライドを作る - Qiita という記事です.参加者の中で一番 TeX プログラミングに暗い人間ですが,Twitter で回転画像を眺めていたら書かなければいけない気になってきたので書きます.重点テーマとあまり関係ない内容で申し訳ない.

見栄えと構造の分離をしよう

LaTeX で文書を書くようになってから半年くらい経ったときのこと,急に本文中のベクトルの表記をボールド体(\mathbf)ではなく,上に矢印(\overrightarrow)にしたくなったことがある.このとき,\mathbf を他の意味でも使っていたために,エディタの一括変換では修正ができなくなったことを覚えている.これはプリアンブルにおいて

\newcommand[1]{\mathvect}{\mathbf{#1}}

と定義しておいて,ベクトルを書くときはこの「\mathvect」を使うようにすればこのような事態は防げた.そうしておけば、先のコマンドを

\newcommand[1]{\mathvect}{\overrightarrow{#1}}

と定義し直せばすぐ終わったのである.これは「見栄えと構造の分離をしていなかった」ことが原因の苦労である.
文書において何らかの文字列装飾をする場合,普通は「文字列を装飾すること(見栄え)」そのものが目的ではなく,「文字列に何らかの意味を付与すること(文書構造)」が目的で行われているはずである*1.これらを分離することで,後で「同じ意味内容」の「見栄え」を一括して変更する際,コマンドの定義を書き換えるだけで,変更を終えることができる.
また,コマンドの名前を適切に定義することによって,たとえば,この文字列が「ベクトル」を意図して書かれたことなどが,他の人にも明らかになる.特に複数の変数領域を扱うような分野においては,タイプミスの防止にもなる.
Word のような WYSWYG*2と違い,LaTeXマークアップ言語なので「見栄えと構造の分離が容易」というのがメリットである(反面コマンドを使うのになれる必要はあるが).そのメリットを存分に活かすため,文字装飾のコマンド("\mathbf" など)を本文中に直接打ち込むのは極力避けるべきである.

見た目と構造の分離の具体例

抽象的な話だけだと何をすればよいのかわからない人も出てくると思われるので,いくつか具体例をあげてみる.

ほぼ全員がやっている「見た目と構造の分離」

「見た目と構造の分離」という概念を聞いたことがなくても,LaTeX ユーザーがほぼ間違いなく行っている「見た目と構造の分離」がある.
それは \section などの「見出し用のコマンド」である.節のはじめの見出しなどで

\noindent \textbf{1. hoge}

という書き方をする人間はほとんど居ないはずである*3.この書き方では「節」なのか「箇条書きの一部」なのかがわからない.節の始まりの見出しでは,やはり

 \section{hoge}

と書くべきである.

似たように Remark を書き始める際も

\noindent \textbf{Remark.} hogefuga......

などと書き始めるより,定理環境 remark を

\usepackage{amsthm}
\newtheorem*{remark}{Remark}

と用意し

\begin{remark}
hogefuga......
\end{remark}

などと書くべきである*4

強調のためのコマンド

「強調」という明確な「意味」をもってフォント(見た目)を変更する場合,それ用のコマンドを用意するべきである.
LaTeX には \emph という強調のためのコマンドが用意されている.使用するドキュメントクラスやスタイルファイルによって,どのような装飾が行われるかは変わってくるが,仮に強調の仕方を変えたい場合,プリアンブルに

\renewcommand[1]{\emph}{\textgt{#1}}

などと書いておけば強調の方法を変更することができる.元の \emph 以外にも強調がほしければ,たとえば

\newcommand[1]{\bigemph}{\textgt{#1}}

などとコマンドを定義すれば良い.

有識者による指摘(2020/12/25 追記)

有識者 W 氏によると,LaTeX 標準の \emph コマンドはネスト(重ねがけ)ができるらしい.そのためか最近のLaTeX2e ではネストごとの字体を指定するための \DeclareEmphSequence というコマンドが存在するらしい.たとえば,

\DeclareEmphSequence{\itshape,\upshape\scshape,\itshape}

などとすると,第一レベルでは斜体(イタリック体),第二レベルではスモールキャップス体,第三レベルではスモールキャップスの斜体に変更をすることができる.
そのため,\renewcommand で \emph を再定義するよりも

\DeclareEmphSequence{\gtfamily\sffamily}

と定義した方が良いのではないかとのことである*5.詳しいことは

$texdoc ltnews31

すると表示される LaTeX News, Issue 31, February 2020 の p.3 "Handling of nested emphasis" を参照してほしい.

わざわざこの記事を読んでコメントをくれた有識者の W 氏には深く感謝する.ありがとうございます.

数学的な意味を表現するためのコマンド

先の

\newcommand[1]{\mathvect}{\mathbf{#1}}

というコマンドは「ベクトル」を表す文字だということを明確に表現している*6.同じように数学的に意味のある表記などは「見栄えと構造の分離」という観点からコマンドを定義したほうが良いように思う*7.たとえば,私の LaTeX のプリアンブルには

\newcommand{\mathsetintension}[2]{\left\{ #1 \left| #2 \right. \right\} }
\newcommand{\mathsetextension}[1]{\left\{ #1 \right\} }

などという集合の内包記法と外延記法のためのコマンドを用意してある.コマンドの名前が長いと感じるかもしれないが,「補完機能」のついていないエディタの方が珍しい現在においては,名前の長さはそれほど問題ならないと思う.「補完機能」を使えば良いからである.そのため,名前の長さよりも名前の明確さの方を優先するべきに私は思う.もちろん,長すぎて,名前の意味を理解しにくいとなると問題だが.

ちなみに,こういう数学的な意味を表現するためのコマンドを用意してくれている physics パッケージなるものがあるが,

$texdoc physics

して,定義されているコマンドを見る限り,引数の数によって出力が変わるコマンドがあるなどわたしには使いやすいパッケージとは思えない.が,このパッケージを愛用している者もいるとは聞くので,こういったパッケージを利用するのも一つの手かもしれない.

結論

「見栄えと構造の分離」を意識して,文書を作ろう.とはいえ,あまり意識しすぎて,自作コマンドを大量に用意しすぎすると,管理が大変になるので気をつけよう. 自作コマンドは他人が読んでも意味を推測できるような名前をつけるようにしよう.
実際は完全に「見栄えと構造の分離」をするのはかなり厳しいので,最初はうまく行かなくてもしょうがない.「見栄えと構造の分離」を目指して,今日も LaTeX していこう.
もし,本記事に間違ったことを書いていたら申し訳なく思うが,そのような場合,優しく教えていただけると幸いである.特に有識者からの指摘は甘んじて受け入れる.

*1:フォントの紹介の場合は「文字列を装飾する」事自体が目的になるが.ただ,そのような文書を書くことは普通は稀に思われる.

*2:"What You See is What You Get" の略.画面上の文書の見た目通りに印刷されることが期待されるような文書ソフトなどをそのように呼ぶ.

*3:\section コマンドを知らないレベルで LaTeX に慣れてないならば仕方ないが.

*4:信じられないことに前者の書き方を勧める自称「TeX に詳しい人」に私は会ったことがある.

*5:和文であればゴシック体、欧文であればサンセリフにするという意図。

*6:と思う.

*7:やりすぎはまずいが.

群準同型が単射である条件のおはなし

群準同型の単射必要十分条件でおもしろいものを知ったので記す.

補題
\( A, B \) を群,\( f\colon A \to B \) を群準同型とする.
\( f^{-1}\left(1_{B} \right) = \{ 1_{A} \} \) ならば,\(f\) は単射

証明.
\(f\left( a_{0} \right) = f\left( a_{1} \right)\) を仮定する.
すると,
\[f\left( a_{0} \right) \left(f\left( a_{1} \right) \right)^{-1} = 1_{B} \]
である.\(f\) は群準同型なので
\[f\left( a_{0}a_{1}^{-1} \right) = 1_{B}. \]
\( f^{-1}\left(1_{B} \right) = \{ 1_{A} \} \) であるから,
\[a_{0}a_{1}^{-1}=1_{A}. \]
よって,\(a_{0}=a_{1}\).ゆえに \(f\) は単射である. \(\blacksquare\)

命題
\( A, B \) を群,\( f\colon A \to B \) を群準同型とする.
ある \(b\in B\) について,その\(f\) による引き戻しが一点集合ならば,\(f\) は単射

証明.
\( f^{-1}\left( b \right) = \{ a \} \) を仮定する.
\( a' \in f^{-1}\left( 1_{B} \right) \) と仮定する.
\begin{align*}
b &= f\left(a\right) \\
&= f\left(a\right) \cdot 1_{B} \\
&= f\left(a\right) \cdot f\left(a'\right) \\
&= f\left( aa' \right)
\end{align*}
よって,\(aa'\in f^{-1}\left( b \right)\). \( f^{-1}\left( b \right) = \{ a \} \) より,\(aa'=a. \) ゆえに\(a'=1_{A}.\)
以上より\( f^{-1}\left(1_{B} \right) = \{ 1_{A} \}. \) 補題より\(f\) は単射.\(\blacksquare\)

基礎研究をする底辺大学院生の戯言〜聞け!男一匹が命をかけて諸君らに訴えているんだぞ!〜

おまえら、聞け。静かにせい。静かにせい。話を聞け。男一匹が命をかけて諸君に訴えているんだぞ。
いいか。それがだ、今、大学院生がだ、ここでもって立ち上がらねば、大学が立ち上がらなきゃ、日本の研究業界の復活ってものはないんだよ。諸君は永久にだね、ただの無駄飯食らいになってしまうんだぞ。
おれは4年待ったんだ。大学が立ち上がる日を。……4年待ったんだ、……最後の30分に……待っているんだよ。諸君は研究者だろう。研究者ならばどうして基礎研究を否定する政府の方針を守るんだ。どうして自分を否定する政府のために、基礎研究の重要性を否定する財務省・政府にぺこぺこするんだ。政府方針に「選択と集中」がある限り、諸君たちは永久に救われんのだぞ。







われわれ大学院生は、大学によって育てられ、いわば大学はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。かえりみれば、私は四年、大学内で大学院生としての待遇を受け、一片の打算もない敎育を受け、又われわれも心から大学・研究を愛し、もはや大学の外にはない「真理の探求」をここに夢み、ここでこそついに知らなかった男の涙を知った。ここで流したわれわれの汗は純一であり、窮理の精神を相共にする同志と共に誰も通ったことのない研究の荒野を馳驅した。このことには一点の疑いもない。われわれにとって大学は故郷であり、世知辛い現代日本で自由な研究をできる唯一の場所であった。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢えてこの暴挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と言われようとも、大学を基礎研究を愛するが故であると私は断言する。
われわれは日本が、経済危機から目先の物事に囚われ、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計はゆとり教育により失われ、教育事業・経済政策などの政府の失敗はただただごまかされ、日本人自ら日本の未来を汚していくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。われわれは今や大学にのみ、真の基礎研究、真の自由、真の研究者の魂が残されているのを夢みた。しかも一般大衆には、大学における研究は不要であることは明白であり、国の根本問題である研究・教育が、御都合主義の財務省の戯言によってごまかされ、大学運営交付金を減らされ続け、大学人の魂の腐敗、道義の退廃、業績の減少の根本原因をなして来ているのを見た。最も基礎研究を重んずべき大学が、もっとも悪質な欺瞞の下に放置されて来たのである。大学は国家の無茶な要求に答えてきた。大学は学問の府たりえず、研究資金を与えられず、ただ、職業訓練学校としてのみの役割を求められ、その精神さえも踏みにじられてきた。われわれはバブル後のあまりに永い日本の眠りに憤った。大学が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。大学が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。積極財政によって、大学がその本義に立ち戻り、真の学問の府となる日のために、国民として微力の限りを尽くすこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
四年前、私はひとり志を抱いて大学に入り、基礎研究に身を捧げる決意を固めた。ただ、大学が目ざめる時、大学を真の学問の府にするために、「真理」を探求するために、命を捨てようという決心にあった。積極財政がもはや議会制度下では難しくとも、われわれは基礎研究活動の尖兵となって命を捨て、基礎研究の礎石たらんとした。重要だがお金生まない研究を守るのは大学であり、お金を生む研究をするのは企業・民間の研究所である。応用研究が行き詰まりを見せた段階に来て、はじめて基礎研究の重要さは再認識され、大学はその本義を回復するであろう。大学の本義とは「学問の保護」にしか存在しないのである。国のねじ曲がった大本を正すという使命のため、われわれは少数もっぱら訓練を受け、挺身しようとしていたのである。
しかしながら去る2020年何が起こったか。この空前のコロナ禍という状況による驚くべき不況、民の生活苦にも関わらず、積極的な財政出動は行われなかった。その状況に、私は、「これで財務省の方針は変わらない」と痛恨した。コロナ禍には何が起こったか。政府は戒厳令にも等しい規制、同調圧力で、ウイルスを押さえ込み、あえて「積極財政」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。財政出動は不用になった。政府は公助によってではなく、民の自助で乗り切る自信を得、国の根本問題から目をそらし続ける自信を得た。財務省には財政健全化の飴玉をしゃぶらせつづけ、実を捨て虚を取る方策を固め、基礎研究の研究者の苦しみから目をそらし続けたのである。基礎研究の研究者の苦しみから目をそらし続ける!政治家にとってはそれでよからう。しかし大学にとっては、致命傷であることに、政治家は気づかないはずはない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、ごまかしがはじまった。
銘記せよ!遡ること国立大学法人化以来十七年間は、大学にとって悲劇の日々だつた。国立大学法人化以来十七年に渡って、大学運営交付金の増額を待ちこがれてきた大学にとって、決定的にその希望が裏切られ、研究環境の改善、研究者の待遇改善は政治的プログラムから除外され、自民党民主党、学生の味方を名乗る公明党までもが、教育・研究業界の崩壊をただただ放置し続けた日々であった。この日々はまさに「競争的資金」に頼らなければ学生の指導もままならない大学を量産し続けた日々であった。研究者たちは、研究・教育の資金を得るために「研究業績」にも「教育の業績」にもならない書類を大量に書かなければならなくなってしまったのである。これ以上のパラドクスがあろうか。
われわれはこの日々に政治の動向を一刻一刻注視した。われわれが夢みていたように、もし大学教員に研究者の魂があるのならば、どうしてこの事態を目視しえよう。自らを迫害するものから資金を得るとは、何たる道義的矛盾であらう。研究者であれば、研究者の誇りがどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上がるのが男であり研究者である。われわれはひたすら耳をすました。しかし大学のどこからも、「自らを迫害する政府のために研究業績を積め」という屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかった*1。かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、大学は声を奪われたカナリヤのように黙ったままだつた。
われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。われわれは卒業後のポストがないと何もできぬ。しかし博士号取得者に与えられるポストは悲しいかな、最終的には日本政府は用意しないのだ。日本のように教育機関に研究機関に資金を与えずただ「業績を出せ」などと叫び続ける異常な国は他にはないのだ。
この上、財務省文部科学省の戯言に賛同し、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする大学は魂が腐ったのか。研究者の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大なハコモノになって、どこへ行こうとするのか。学術会議任命拒否に当たっては自民党売国奴呼ばわりした者もあったのに、国家百年の大計にかかわる教育・事業に金を出さない政府には、抗議して腹を切る大学教員一人、大学からは出なかった*2
われわれは四年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒瀆する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。「すぐ役に立つ」という目先の利益のみで、魂は死んでもよいのか。「すぐ役に立つ」以上の価値なくして何のための研究だ。今こそわれわれは「すぐ役に立つ」以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは応用研究ではない。基礎研究だ。われわれの愛する永遠不変の「真理」だ。これを骨抜きにしてしまった文部科学省財務省、政府に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の研究者として蘇ることを熱望するあまり、この暴挙に出たのである。





応用尊重のみで、研究界隈は死んでもよいのか。「すぐ役に立つ」以上の価値なくして何のための研究だ。今こそわれわれは「すぐ役に立つ」以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは応用研究ではない。基礎研究だ。われわれの愛する永遠不変の「真理」だ。これを骨抜きにしてしまつた文部科学省財務省、政府に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか!

(その直後、バルコニーから総監室に戻り割腹)

参考文献

1. 三島由紀夫、『檄』 http://sybrma.sakura.ne.jp/348mishima.gekibun.html
2. ニッソちゃん、『Vtuber底辺論~聞け!V一匹が命をかけて諸君らに訴えているんだぞ!~』 https://note.com/joicleinfo/n/n64a5778b2a3d
3. Wikipedia 三島事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B3%B6%E4%BA%8B%E4%BB%B6



このブログ記事はフィクションです。

*1:実際はさまざまな学生、研究者、団体が声をあげている。そういった方々には申し訳ないと思っているが、パロディ的にはそっちのほうが面白いので、原文のママにした。

*2:腹を切った大学教員は残念ながら居なかったと思うが、この現状に不満の声を上げる教員はたくさんいた。そもそも、腹を切ったところで、どうなるのかという話でもあるが……

「実数は実在するが虚数は実在しない」とする人々へ

最近,「実数は実在するが虚数は実在しない」とする人に絡まれることが多い.控えめに言って,どれも論理的に破綻しているのであるが,いちいち指摘するのにも疲れてきたので,ここにそれらへの反論をまとめておくことにする.

いくつかの用語の説明

この節ではこの記事に使われる用語を説明する.これらは [1] に準拠して使っているつもりであるが,私の読み間違いなどが理由で,違うものになっている可能性はある.

(数学的対象の)実在

この記事で「(数学的対象)〇〇が実在」と述べた場合,「数学的対象 〇〇 という対象は数学者や人間などから独立して存在する」という意味で用いる.そもそも「『数学的対象が存在する』というのはどういうことか」という「存在」とは何かという問題はあるが,あまり詳細に述べるのはこの記事の役目ではないと考えるので,割愛する.適時,「存在論」についての本を参照せよ.

虚ろな数論者

「実数は実在するが虚数は実在しないとする人」といちいち呼称するするのがしんどいので,こういう人々を「虚ろな数論者」と呼ぶことにする.この記事独自の用語で,わたしも普段は使わない.急に「虚ろな数論者」と言われても何のことかわからん人がほとんどなので,この記事のような議論を他人とする際には注意してほしい*1

プラトン的な世界観 と アリストテレス的世界観

この記事において,「プラトン的な世界観」と述べた場合,「個物に先行する実在論」としての立場を意味する.つまり,少なくともいくつかの普遍者は,その実例に先行して独立して存在するとする立場を意味する.たとえば,この立場の人間にとっては,この世のありとあらゆる「赤い物」を破壊してしまったとしても「赤さ」という性質はなお存在し続ける.

また,「アリストテレス的な世界観」と述べた場合,「個物の内にある実在論」としての立場を意味する.つまり,普遍者の存在は認めるが,普遍者がその実例と独立に存在することは否定する.たとえば,この立場の人間にとっては,プラトン的な世界観の人間とは対照的に,この世のありとあらゆる「赤い物」を破壊してしまったとすると「赤さ」という性質もまた存在しなくなってしまう.

「数学的概念は物理的な対象からの抽象化によって得られる」とする立場の人間は「個物の内に普遍がある」と考えていると思われるため,アリストテレス的な世界観で生きていると推測する.対して,「数学的概念は物理的な対象からの抽象化によって発見される」とする立場の人間は「普遍者は個物に先行している」と考えていると思われるため,プラトン的な世界観で生きていると推測する.

「実数は実在する」ことを前提としている論者をこの記事では主に扱うので,この論者は少なくともこれらのどちらかの立場に立っていると考えられる.

「実数は実在するが虚数は実在しない」とする人々の意見とそれに対する簡単な反論

この節では,「実数は実在するが虚数は実在しない」とする人々(虚ろな数論者)の意見とそれに対する簡単な反論を述べる.

実数には対応する物理的な存在があるが,虚数には対応する物理的な存在がないので実在しない

「虚ろな数論者」の一番良く見かけるタイプの意見は「実数には対応する物理的な存在があるが,虚数に対応する物理的な存在がないので実在しない」である.というか,ほぼ大多数はこの立場である.この立場には次のような問題点がある.

  1. プラトン的な世界観からの批判
    1. 数学的な対象の実在は物理的な世界の存在には依存しないはずである.
  2. アリストテレス的な世界観からの批判
    1. そもそも実数に対応する物理的な存在はない.
      • そもそも十分大きな自然数に対応する物理的な存在もあるのか怪しい.
    2. もし,そのような存在が存在するのであれば,複素数にも対応する物理的な存在も存在するはずである.

これらについて順をおって説明する.

プラトン的な世界観の人間にとっては「物理的に存在しないから実在しない」はナンセンスである.なぜなら,「複素数」という数学的な対象の実在は物理的な存在に依存しないはずだからである.

さて,今度はアリストテレス的な立場から批判を加える.実数に対応するような「物理的な存在」とは何であろうか?これは「数直線」のことであろう.つまり「(幅のない)無限の長さの直線」を用意すれば良いことになる.当たり前だがそのようなものはこの世のどこにも物理的には存在しない.

それどころか,この立場の場合,実数の部分である「自然数」の実在も怪しい.アリストテレス的な世界観の人間にとって,「自然数」という概念は「何らかの物の塊」を数え上げる個数であろう.この世の「粒子の数」は高々有限個であると考えられるので,この世に存在する粒子の数よりも大きな「自然数」には物理的な対応物が存在しないことになる.そうするとグラハム数くらいの大きさのものは実在が怪しい.

さて,虚ろな数論者が「(幅のない)無限の長さの直線」をなんとか物理的に用意できたと仮定しよう.すると,この虚ろな数論者は次に複素数の物理的な対応物と思われるもの「wikipedia:複素平面」の実在を否定しなければならない.つまり「無限の広さの平面」の存在を否定しなければならない.そのようなものは「(幅のない)無限の長さの直線」が二本あれば破綻してしまう.用意できた「(幅のない)無限の長さの直線」が唯一つであることをぜひ示してほしい.その帰結として,この世は一次元であることも得られるはずだが,なぜ,我々はこの世を「三次元」と錯覚しているかもセットで説明してくれるととても嬉しい.

「実数には対応する物理的な存在があるが,虚数には対応する物理的な存在がないので実在しない」とする人々にやってほしいこと

「実数には対応する物理的な存在があるが,虚数には対応する物理的な存在がないので実在しない」とする人々にやってほしいことは次の通りである.

  • 「(幅のない)無限の長さの直線」という物理的な存在が唯一つ存在するが,この世に「無限の広さの平面」は存在し得ないことを示す

実数は物理的な存在の抽象化によって得ることができるが,虚数にはそのようなことができないので実在しない

「実数には対応する物理的な存在があるが,虚数に対応する物理的な存在がないので実在しない」という延長線上なのか「実数は物理的な存在の抽象化によって得ることができるが,虚数にはそのようなことができないので実在しない」という立場もよく見かける.この立場には次のような問題点がある.

  • もし,何らかの物理的存在からの抽象化によって実数概念を得たとするならば,そこから容易に複素数を得ることができ,それゆえ,虚数も実在してしまう.

「何らかの方法によって物理的存在からの抽象化によって実数概念を得た」としよう.さて,実数の組に適切な演算を入れることによって,複素数は構成することができる(wikipedia:ケーリー=ディクソンの構成法).この方法だと,通常高校数学の範囲でよく用いられる \(a+bi\) のような記法は使うことはできなくなるように思われるかもしれないが,\(a+bi\) を \((a, b)\) の略記だと思うことにすれば支障はなくなる.そのため,この論法を用いる「虚ろな数論者」はwikipedia:ケーリー=ディクソンの構成法ができない(または対象の実在を保証しない)ことを示さなければならない.

「実数は物理的な存在の抽象化によって得ることができるが,虚数にはそのようなことができないので実在しない」とする人々にやってほしいこと

「実数は物理的な存在の抽象化によって得ることができるが,虚数にはそのようなことができないので実在しない」とする人々にやってほしいことのリストは次の通りである.

  • 実数の組を考えることができない(または実数の組は実在しない)理由を与える,または
  • 実数の組に適切な演算を考えてはならない(またはそのような演算は実在しない)理由を与える.

数には大小があるはずなので,大小のない複素数は数ではない.ゆえに「虚数」は実在しない

「数には(演算と両立する)大小があるはずなので(演算と両立する)大小のない複素数は数ではない.ゆえに「虚数」は実在しない」という論法もたまに見かける.これは(高校数学の範囲内で扱う)「数概念」は複素数以外は大小関係を持っているから生じる論法だと考えられる.この論法には次のような問題点がある.

  1. そもそも「数」という概念自体かなりあやふやである.
  2. 複素数が数ではないからといって,実在の否定にはならない

まず,第一の点についてだが,「数」というのは曖昧な概念である.「自然数」,「整数」や「有理数」などには「数学的な定義」が存在するが,「数」というものに普遍的に認められている「数学的な定義」は存在しない.少なくとも私は聞いたことはない.実のところ「数」と名前のつくもので大小関係の定義されない数学的概念はいくつもある.そのため「数には大小があるはず」という点もかなり怪しい.

次に第二の点についてだが,「複素数は数でなかった」と仮定しよう.しかし,そのことは「複素数が実在しない」ことを帰結するだろうか?これは論理の飛躍である.この論法が成り立つためには「複素数が実在するならばそれは数でなければならない」ことを示す必要がある.「複素数が実在するならばそれは数でなければならない」ことを示すためには「数」とは何かを確立するところから始めなければならないと思われるので,まずそこから頑張ってほしい.

「数には大小があるはずなので,大小のない複素数は数ではない.ゆえに「虚数」は実在しない」とする人々にやってほしいこと

「数には大小があるはずなので,大小のない複素数は数ではない.ゆえに「虚数」は実在しない」とする人々にやってほしいことのリストは次の通りである.

  1. 複素数」は「数」であるとする定義の確立
  2. 複素数が実在するならばそれは数でなければならない」ということの証明

参考文献

 [1] スチュワート・シャピロ,金子洋之,『数学を哲学する』,筑摩書房

*1:最初「虚ろな数論者」に「虚数虚構論者」という名前を付けようと思ったのだが,「虚構主義」という数学の哲学上の立場が確立されているのを鑑み,このような若干ダサい名前になった.

【備忘録】 WSL から游書体を使う方法

この記事は WSL から游書体を使う方法を備忘録として残すものである.

WSL の TeX Live を常用していると, .tex 文書で游書体を使うために Windows のフォントを読み込みたくなる.その時のための設定方法を記す.

Fontconfig

Linux ではフォントの管理を Fontconfig というソフトウェアで行っているらしい.
まぬあるhttps://www.freedesktop.org/software/fontconfig/fontconfig-user.htmlによると,Fontconfig の設定ファイルは以下のどこかに置けば良いらしい.

  • /etc/fonts/fonts.conf
  • /etc/fonts/fonts.dtd
  • /etc/fonts/conf.d
  • $XDG_CONFIG_HOME/fontconfig/conf.d
  • $XDG_CONFIG_HOME/fontconfig/fonts.conf
  • ~/.fonts.conf.d (ただし,非推奨)
  • ~/.fonts.conf (ただし,非推奨)

sudo 権限使う場所に設定ファイルを置くのは面倒なので,~/.config/fontconfig/fonts.conf に置くことにした.

WSL から游書体を使うための設定

fonts.conf の中身は xml ファイルである.
WSL から Windows のフォントを読み込むための設定は次のとおりである.

<?xml version="1.0"?>
<!DOCTYPE fontconfig SYSTEM "fonts.dtd">
<fontconfig>
    <dir>/mnt/c/Windows/Fonts</dir>
</fontconfig>

ビジネス数学騒動について思うこと

"ビジネス数学"に対する批判について思うところを書くものである.

"ビジネス数学"が炎上してからだいぶ時間が立ってしまったが,ようやくまとまった文章にすることができた.
完全にお気持ち全開の記事なので,そういう文章が苦手な方は読まなくても大丈夫です.

ビジネス数学騒動とは?

ここで言う「ビジネス数学騒動」とは次の2つの騒動の総称である.

  1. 「結婚できる可能性は1/2」騒動
  2. 「統計でウソをつく法・実践編」騒動

この2つの騒動を起点として別の炎上も起きたが,正直フォローしきれていないので、ここではこの2つの騒動に絞って話す.

それぞれの騒動についてまとめる.

「結婚できる可能性は1/2」騒動

「結婚できる可能性は1/2」騒動について説明をする.

次の Togatter のまとめも参考にしてほしい.
togetter.com

  • 日本ビジネス数学協会の代表理事深沢真太郎氏(以下H氏)の書いた本たった9時間でSPIの基礎が身につく!! <2021年度版>に誤りがあった
    • その誤りというのが小学生向けの啓蒙書 目からうろこ 小学生の「さんすう」大疑問100 に書いてあるレベルの誤りであった
      • 具体的には「『結婚できる』か『結婚できない』かという2通りのうちの1通りだから,結婚できる確率は1/2である」という「誠実な誤り」とは考えにくいものである
  • その本の著者は修士号(理学)を持っている
    • その割には上記が誤りであるという指摘が理解できていない
      • どうも「確率とは(事象の元の個数)/(全事象の元の個数)と常に定められる」と本気で思っている節がある
  • 著者本人が言うには「七年前の本」らしい
    • 実はこの種の誤りは H 氏の発信するコンテンツで繰り返されており、「七年前の本」だけが問題ではない(そういった発信を繰り返していたことは H 氏も認めている)
    • じつは「七年前の本」だけではなく,同著者の2019年初版の本にも全く同じ主旨の記述がある.
  • この件で「確率」についてご指摘いただきました|深沢真太郎 累計25万部/ビジネス数学教育家/数字に強い人材・組織をつくる専門家|noteというノートを公開したが,謝罪文の体にはなっているものの謝罪にはなっておらず,それどころか開き直っていると受け取れる主張を展開した

「統計でウソをつく法・実践編」騒動

「統計でウソをつく法・実践編」騒動について説明をする.こちらの騒動は「結婚できる可能性は1/2」騒動に派生して注目を集めたと考えられる.

こちらは次の2つのツイートも参考にしてほしい.

  • 「ビジネス数学」のアカウントに「統計的誤謬」を薦めていると思しきツイートが注目され批判を集めた.
    • 一部,右側のグラフ縦軸の最下点の座標が0から始まっていないことに対する批判もあった.
      • ただし,この批判自体は不適当な批判である.なぜなら,問題となったグラフは折れ線グラフなので,折れ線の傾きが着目するべきポイントなので,原点の位置はあまり関係ない*1
  • それに対して「ビジネス数学」のアカウントが謝罪文を投稿.しかし謝罪するべき部分とはズレた内容であり,やはり批判が集中した.

何が問題であったか

この騒動の問題点は大きく分けて

  1. 深沢真太郎氏個人の数学的知識の欠如
  2. 日本ビジネス数学協会の自浄作用の欠如
  3. 誠実さが欠如していると思われかねない対応

の3つの側面がある.

深沢真太郎氏本人の数学的知識の欠如

  • 「確率」と言ったら「確率の公理」を満たす対象*2のことを数学的には意味するが,「(数学的)確率とは(事象の元の個数)/(全事象の元の個数)と常に定められる」と思っている*3
    • 無限の根元事象があるような確率空間を考えたことがあれば,おかしいことはすぐにわかる.
    • またこの手の誤謬は小学生向けの啓蒙書 目からうろこ 小学生の「さんすう」大疑問100 に書いてある程度にはメジャーなものである.
  • 明らかな数学的なミスにもかかわらず「捉え方の問題」と問題をすり替えるなどしている.
    • 「不誠実さ」に入れようかとも思ったが,「数学的に誤っている」と理解していない節が見られるのでこちらに入れる.

日本ビジネス数学協会の自浄作用の欠如

  • 日本ビジネス数学協会は,公益財団法人 日本数学検定協会(いわゆる数検を開催している団体)が発効する「ビジネス数学インストラクター」なる資格取得者の育成を行っている
    • 日本ビジネス数学協会の会員は,代表理事の書いた本にあのレベルの誤りがあったことを7年間も放置していたまたは気が付かなかったとでもいうのか?
    • 上記のようなレベルの誤りが7年間も放置されていたという衝撃の事実

誠実さが欠如していると思われかねない対応

深沢真太郎氏の対応の問題点
  • 深沢真太郎氏は「七年前の本」と言っているが, 同著者の2019年初版の本にも全く同じ主旨の記述がある.
  • 謝罪文の内容が反省しているように全く見えない.
    • 「あなたたちのやっている数学と私のやっているビジネス数学は違うんです」と受け取れる内容のため,出来の悪い言い訳にしか見えない.
日本数学検定協会の対応の問題点
  • 謝罪すべき点をわざとズラしているかのような謝罪文
    • 「見解をわかりやすく伝わるように適切に表現しましょう」というそもそもの意図が批判されているにもかかわらず,「原点を書いていなかったこと」のみを謝罪している.
      • 先にも述べたが,その点はあまり問題にならない.
      • 「誤解を誘導するようにグラフを書きましょう」と受け取られかねないことを述べたことを謝罪するべきである.
  • この謝罪文自体にも批判が集まったが,その後,日本数学検定協会からのコメントはない.

私の思うこと

ここから先はポエムである.以降,日本数学検定協会の商標である*4「ビジネス数学」と「ビジネスのための数学」を別物として扱う.


「ビジネスのための数学」といわれて,まず私が連想するのは「数理モデリング」や「形式手法」などである.しかし,「ビジネス数学検定」のサンプル問題を見る限り,そのようなものは全く出てこない.せいぜい「回帰分析」くらいのものである.
思うに「ビジネス数学」は「高校数学+αの内容を復習するための方便」なのだ.「ビジネス数学検定一級」のサンプル問題の内容はまさに「数学IA」の「データの分析」の内容そのものである(ちょっとはみ出している部分もあるが).手計算だとしんどそうな問題も多いが,計算機(電卓でも可)が使える場面であれば,それほど問題にならないような問題が並んでいる.「大人のための数学検定」などと喧伝しているがその実態は「(高校数学を復習しているがそれを表に出すのが恥ずかしい)大人のための数学検定」ということなのであろう.まぁ,そもそも高校数学レベルが怪しいのに「数学を勉強し直そう」という人はかなり稀ではないかと思うので,需要としてもよくわからないが.
で,「高校数学+α」だけだと「ビジネスにどう役に立つか」が分かりづらいので,「統計でウソをつく法・実践編」を指南しているのではないだろうか?今後「ビジネス数学の資格を持っています」と言う人と相対するときは,「統計的誤謬を使うぞ」と警戒しながら話したほうが良さそうである.

関連する文献

目からうろこ 小学生の「さんすう」大疑問100
たった9時間でSPIの基礎が身につく!! <2021年度版>
統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門 (ブルーバックス)

そもそもあの本の構成自体が良くないという話

これは今回の騒動とは直接関係のない話であるが,たった9時間でSPIの基礎が身につく!! <2021年度版>という本自体,かなり出来が悪いように思われる.問題点として

  1. 出てくる概念の解説が短い(わかっている人用の解説しかない).
  2. 練習問題に対する解説がない(基本的に解答のみで,考え方などは例題に対してのみしか載っていない)
  3. 各章のサブタイトルと内容が対応していない(たとえば,「14, グラフと領域〜よく耳にする「見える化」っていったい何?〜」と書いてあるが,「見える化」について本文中に特に記述がない)

の3点が挙げられる.そもそも「計算が苦手なんです…は許されない!」とでかでかと書くなら題名を「計算問題集」にするべきである.

*1:ホテルの稼働率の評価をするのにこの折れ線グラフを持ってくるのはどうかと思うが.前年度の同時期との自己相関係数を調べて評価するのが妥当であろう.

*2: 確率の公理については 自然数全体から「同様に確からしく」自然数をランダムに選ぶことができないという話 - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳 に書いたことがある.

*3:「あくまで「◯通り」のうち「△通り」が確率であるという基礎概念」という謎の(誤った)概念を持ち出している.

*4:参考:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2019-027070/ABEDB0127E4B33BFC679A28BC9DC960A362D3691573F5C04257570ED4FD17310/40/ja

もしもあなたがインチキ数学本を出版したなら......

Twitter で次のようなアンケートを取った.


この記事ではこのクソアンケートの結果について述べる.

アンケートの背景

このクソアンケートを取った背景について述べる.

このクソアンケートは次の騒動がきっかけである.
togetter.com
「確率」についてご指摘いただきました|深沢真太郎 累計25万部/ビジネス数学教育家/数字に強い人材・組織をつくる専門家|note

ものすごくざっくりまとめると次のような騒動である.

  • 日本ビジネス数学協会の代表理事(以下H氏)の書いた本に誤りがあった
    • その誤りというのが小学生向けの啓蒙書 目からうろこ 小学生の「さんすう」大疑問100 に書いてあるレベルの誤りであった
      • 具体的には「『結婚できる』か『結婚できない』かという2通りのうちの1通りだから,結婚できる確率は1/2である」という「誠実な誤り」とは考えにくいものである
  • その本の著者は修士号(理学)を持っている
    • その割には上記が誤りであるという指摘が理解できていない
      • なんだったら「確率とは(事象の元の個数)/(全事象の元の個数)と常に定められる」と本気で思っている節がある
  • 著者本人が言うには「七年前」の本らしい
    • 上記のようなレベルの誤りが7年間も放置されていたという衝撃の事実
  • 日本ビジネス数学協会は,公益財団法人 日本数学検定協会(いわゆる数検を開催している団体)が発効する「ビジネス数学インストラクター」なる資格取得者の育成を行っている
    • 日本ビジネス数学協会の会員は,代表理事の書いた本にあのレベルの誤りがあったことを7年間も放置していたまたは気が付かなかったとでもいうのか?

問題点が多すぎる…….どこから突っ込めばよいのかわからない…….
この件についてはいつかどこかで別の記事にまとめようかとは思う.
2022/08/07 追記 だいぶ前にまとめてましたがここに追記を忘れていました.
ビジネス数学騒動について思うこと - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳

ともかく,この件で次の事実に気がついてしまった.

あれ?! まともに数学するよりインチキでもいいから売れる本を書いたほうが生活が豊かになるのでは?!

はい,そんなわけでね,自分が闇落ちしたときのためのシミュレーションのためのアンケートです.こんなクソアンケートを取ったことについては後悔している.反省は特にしていない.

アンケートの質問文について

で,「『インチキ』と書いておけば,『誠実な誤り』ではないと通じるだろう」と思っていたのですが,「誠実な誤りだったらどうするんだ」という反応もあったので,その点については反省しています.ごめんなさい.
ただ結果を見る限り,そう読んだ方は回答者には少なかったようです.「誠実な誤り」をしていたなら,「無視」「ブロック」はしないでしょうからね…….
言い訳はするかもな.

アンケートの選択肢について

まぁ,そんな文脈のクソアンケートなので,選択肢は当然闇落ちマンの選択肢です.

  • 無視
  • ブロック
  • 言い訳(長文)
  • その他

という4つを用意し,二日間回答期間を設けました.
「その他」の回答についてはその具体的な内容をリプライで送ってもらうようにお願いしました.

アンケートの結果について

思っていたよりも多くの方が回答してくださり,最終的には352票集まりました.それぞれの選択肢についてコメントしたいと思います.

えっ?分析?そんなもんしねぇよ?クソアンケートだぞ?これを分析して何についての結果を得たいんだ?目的のない分析はしないです(目的のないアンケートをとったやつの言うことではない).

「無視」という選択肢

パーセンテージ的には一位にやはり来ましたね.まぁ,順当です.「インチキ数学本」で儲けようとしているわけですから,「内容に誤りがある!」と言ってくるやつは商売上の障害です.クレーマーなのです.仮に相手が正しかろうが関係ありません.
相手が何を言ってこようが無視が一番です.

亜種として

  • 「お忙しいところ,ご指摘ありがとうございます」といって何もしない

というものがありました.事実上の無視ですね.ここで「出版社と協議中です」と一言入れておくと,誠実に対応しているように見せられて完璧です!!

「ブロック」

「ブロック」は気持ちはわかりますがやりすぎかもしれません.ブロックは能動的な行為なので「攻撃」とみなされる恐れがあります.「ブロックしたということは故意にインチキ数学を広めようとしている!」などと騒がれて本の悪評を垂れ流されたらたまったもんではありません.

「ブロック」を使うのであれば,「自分は被害者」と演出をする必要があるでしょう.この場合同情した人が本を買ってくれるかもしれません.ただし,よほどうまく演出しないと,ボロがでてインチキがバレます.

または日頃から「ブロック」を乱発し,「え,おれブロックは呼吸だからよ」と演出をしておくのもベターです.そういう空気を作っておけば「ブロック」はあなたにとっては「呼吸」であって,「攻撃」ではありません.場合によっては「えー,なんかわかんないけどブロックされてるー」と勝手に潜在的な敵たちが宣伝に協力をしている可能性があります.まぁ,それで集まった人が本を買ってくれるとは思いませんが.

いずれにせよ「ブロック」は上級者向けの技です.おすすめはできないです.

「言い訳(長文)」

個人的にはこれが正解の選択肢でした.だって,傍から見たら一番面白いもん. 性格が悪い?すいません.
でも,長文でセンソーしてたらワクワクするだろ……?(普通はしないよ)

ただ,ビジネス的には下策です.長文の言い訳でわけがわからない状態にして言いくるめるというのはかなりの高等テクニックです.よほど話術に自身がない限り,とるべきではありません.
そもそも,「数学のプロ」というのは詭弁に敏感です*1.本気の数学のプロを彼らのホームグラウンドである「数学」において,言いくるめるのは至難の技です.

もちろん,言いくるめることができれば,リターンもでかいです.プロに勝ったんですから.それだけで宣伝になります.ハイリスクハイリターンの戦略です.

その他の答え

その他として寄せられた回答を紹介します.

  • 謝罪して訂正
    • 思っていたよりも多く寄せられました.人の道としては完全に正しいです. 悪いことをしたら謝る当然のこと.ビジネスとしては失敗するかもしれませんが,信用を得られます.一番幸福になれる道かもしれません.ただし,謝罪・訂正の仕方に注意しないと再燃焼してしまい,結果的に信用も失いかねないので,覚悟しましょう.
      • というかまともな学術者だったらこれ一択なんだよな.そもそもまともな学術者「インチキ本」は書かないか.うっかり「誤ったこと」を書くことはあるだろうが.
  • 小さなものであれば,次の版でしれっと訂正.大きなものであれば絶版にしてなかったことにする.
    • 「なかったことにする」はおもいつかなかった.たしか,正式に絶版するのは結構条件が厳しかったはずなので,そのへんは出版社が協力してくれるかによりそうですね.
  • 「私は0=1を仮定していますので問題はありません」
    • 嫌いじゃないよ
  • 被害者ムーヴ
    • ???「大学のセンセーがあたしをいぢめるんです!!!あたしを中傷したお前らを訴えてやる!!!!!」
  • 黒棺を完全詠唱する.
    • 「滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器、湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる 爬行(はこう)する鉄の王女、絶えず自壊する泥の人形、結合せよ、反発せよ、地に満ち 己の無力を知れ 破道の九十・黒棺」
  • 「さすがプロ!」って煽る
  • 「あなたのやってる数学と一緒にしないでください」
  • 「この本は正しいことしか書いてないなんて言ってません」
  • 「信じる方が悪い」
  • 「その調子で間違っているところ全部教えてください」
  • 「笑」
  • ゲーデル不完全性定理で数学は不完全だから」
    • これらすべて同一人物からの回答です.クソ回答7連発!!すごい!!!趣旨をわかっていやがる!!!!!と回答をもらった時点では無邪気に喜んでいたんですがね…….まさかあんなことになるとは…….

まさかの「正解」が出てしまった……

今回のアンケートで最大の誤算はまさかの正解が出てしまったことですよ……

「確率」についてご指摘いただきました|深沢真太郎 累計25万部/ビジネス数学教育家/数字に強い人材・組織をつくる専門家|note でこのアンケートのきっかけを作った H 氏は次のように述べています.

私は数学はひとつではなく、「◯◯数学」なるものがたくさん存在するといいなと思っています。そのどれが正しいか間違っているかということよりも、学ぶ側に様々な選択肢があることを豊かに思えるといいなと。

そう思って、(なかなか共感はされないかもしれませんが)私は私なりのビジネス数学を広めていこうと思っています。ビジネスの世界では絶対はなく正解もない。だから絶対も正解もない数学もあっていいのではと。

えーと,まとめると「あなたのやってる数学と一緒にしないでください」ってことでいいっすか.まさか「絶対も正解もない数学もあっていい」と言ってくるとは…….すくなくとも間違っている数学は使い物にならないと思うんですけどね.

そんなわけで.

「あなたのやってる数学と一緒にしないでください」を回答として提出した R くんの優勝です!!!
(アンケートで優勝とは)

総括

どうも H 氏は素でわけのわからんことを書いていた*2ようで「インチキ数学本」を出すつもりはなかったようですが,結果的にこのクソアンケートの回答にほぼ同じ回答がありました.かなしい事件だったね.

この記事の結論ですがこんなクソ記事読むより,みんな数学書を開こうぜでよろしくおねがいします.みんな闇落ちすんなよ!!!

参考文献など


子供の頃大好きで毎日持ち歩いていました.どこへ行くにも一緒でした.もしかしたら,わたしの原点はこの本かもしれません(その割に今この本が家のどこにあるか覚えていない).
ところで,この本,最近書店で見かけないのだが絶版になってしまったのだろうか……?

問題となった H 氏の本
たった9時間でSPIの基礎が身につく!! <2021年度版>

<追記 2021.3.4>
該当する書籍の内容についてお詫びと訂正について出版社と協議いたします。配信型授業の中で類似した内容の言及をしておりますので次回の配信にてお詫びと訂正をする予定です。自身の勉強不足により初学者向けの媒体で正しくない情報があったことに関しましては責任を感じております。ご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

「確率」についてご指摘いただきました|深沢真太郎 累計25万部/ビジネス数学教育家/数字に強い人材・組織をつくる専門家|note には書いてあるので手に入れるなら今のうちです.というか類似した内容の言及を最近もしているなら「7年前」って言わなければいいのに…….
「7年前のミスにガタガタ言いやがって…….面倒な連中だな…….」と受け取れるぞ.単に「私の著作にミスがあったようです.事実関係の確認をした後,対応させていただきます.この度はお騒がせして申し訳ありません」と言うのがビジネス的には正解だろうよ…….

*1:まぁ,数学から離れたら,そうでもないことも多い節はありますが.

*2:なんで,そんなやつがビジネス数学インストラクター制度を立ち上げることができたのかは完全に謎.