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"A Severe Misalignment of AI in Mathematics" 全文非公式日本語訳
この記事は"A Severe Misalignment of AI in Mathematics"の日本語訳+αである.わたし自身の手による非公式な日本語訳であるので,内容に疑義がある場合は原文を参照してほしい.
著作権を有していると考えられる宣言に名を連ねている25人の数学者のいずれかから公開を取りやめてほしい旨の連絡が来た場合などに,この記事は非公開になる可能性がある.
- "A Severe Misalignment of AI in Mathematics"の本文
- 私自身のコメント
余帰納法のおはなし
余帰納法にまつわる話を数学的帰納法のおはなし - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳に書いてあることがある程度分人向けに雑多に書く.雑多な文章の寄せ集めで,特にオチがあるわけではないので,そういうのが苦手な人は回れ右して帰ると良い.
- 前説:構造帰納法
- 帰納的定義
- 構造帰納法
- 帰納的定義と不動点と構造帰納法
- 帰納的定義の不動点による理解
- Knaster-Tarski の定理
- 構造帰納法の正当化
- 余帰納法
- 余帰納的定義
- 余帰納的定義の例
- 余帰納的定義の例1
- 余帰納的定義の例2
- 余帰納的定義の例3
- 余帰納法
- 余帰納法の例
- 余帰納法の例1
- 余帰納法の例2
- 余帰納法の例3
- 総括
- 参考文献
- 関連する記事
数学的帰納法のおはなし
数学的帰納法にまつわる話を雑多に書く.雑多な文章の寄せ集めで,特にオチがあるわけではないので,そういうのが苦手な人は回れ右して帰ると良い.
- 数学的帰納法とは
- 「帰納」とは
- 現代論理学の枠組み・演繹と帰納
- 「帰納」という言葉の意味の移り変わりについて
- 数学的帰納法が演繹的とはどういうことか
- 数学的帰納法がなぜ帰納法と呼ばれるのか?
- 現代論理学の枠組み・演繹と帰納
- いろいろな「数学的」帰納法
- ネーター帰納法(整礎帰納法)(2026/06/23 改稿)
- 超限帰納法
- 累積帰納法
- 構造帰納法
- まとめ
- 参考文献
一階述語論理の解釈における自由変数の取り扱いによる差のおはなし
こんなツイートを見た.
(i) φ(x) ⊢ ∀xφ(x)
— Atsushi Yamashita (@yamyam_topo) 2025年7月20日
(ii) ⊢ φ(x)→∀xφ(x)
似ているようだが、(i) は正しく、(ii) は必ずしも正しくないようである。論理式が正しく理解できているのか自信がなくなってきた。。
最初「当たり前じゃん」と思ったのだが,よく考えると,自由変数を含む論理式の解釈の方法によって,真偽が変わる例を含むことに気が付いた.
この記事では,その点について書く.
- 概略
- 一階述語言語の定義
- 自由変数を含む論理式は全称閉包を取ったものとして解釈する(「名前」を使う)場合
- 変数に対する値の割り当てを使う場合
- 参考文献
「空モデル」のはなし ~一階述語論理の「モデル」の対象領域を空にしてはなぜダメなのか?~
たびたび見かける疑問として,「一階述語論理のストラクチャー(構造)の対象領域を空にしてはなぜダメなのか?」というものがある.これ自体はとても良い質問なのだが,「わかる人(つまり教科書を書くような人)にはすぐわかるが,初学者にはすぐわからない」という難易度の問題のため,初学者が目を通すような教科書などに答えが永遠に記載されない疑問ではないかという疑惑がある.
この記事ではこの件についてごく簡単な解説を行う.ついでにこの疑問に関連する Free logic という論理を紹介する.
- 簡単に言うとどういうことか
- 詳しい解説
- Free logic の導入への導入
- 参考文献
- 参考になるかもしれない記事
『論理的思考とは何か』とは何か~論理学徒による『論理的思考とは何か』の書評~
渡邉 雅子の『論理的思考とは何か (岩波新書)』を読んだ.この本の著者が「論理の社会的構築物説」のようなことを主張しているという認識だったので,一応目を通しておこうと思ったのである.正直,期待していたような内容(論理の社会的構築物説の論証)では全くなかったので,感想をTwitterあたりに垂れ流して,『論理的思考とは何か』とはバイバイしようと最初は考えていた.しかし,この本に対してコメントをちゃんと残しておいた方が良いかと思う出来事があったので,この記事を書くことにした.
本記事では『論理的思考とは何か (岩波新書) 』の内容を把握されていることを前提として話をする*1.なお,同内容と思われる『「論理的思考」の社会的構築: フランスの思考表現スタイルと言葉の教育』や『「論理的思考」の文化的基盤 4つの思考表現スタイル』*2については参照せずに書いていることはフェアネスのためにこの時点で宣言しておく*3.
(2025/3/7 追記)この本が論理学の本ではなく,社会学(文化比較)の本であることくらい承知している.その上で,
- 論理学の論理を扱わず,「本質論理」なる独自概念を扱うと主張する以上は,研究対象の「本質論理」について,(説明的で良いので)定義を行う必要があるができていない*4.
- キーコンセプトすら説明できていないのに明瞭な議論などできるわけがない.
- 奇妙なことに「本質論理」は一般的に受容されている「論理」という語ともずれていることだけは「一般に論理的な文章でない」と著者本人も認めている感想文を「論理的文章」と扱っていることからわかる.(2026/1/8 追記)
- 社会学の議論としても成立していない(2025/3/27 追記)*5
- キーコンセプトすら説明できていないのに明瞭な議論などできるわけがない.
- 「論理」に社会学的なアプローチをする以上は,論理について先行して研究している論理学やその隣接分野について,ある程度理解をしておく必要がある.が,著者の理解はかなり甘めに見てもとても怪しい.
- 恣意的なデータの解釈をした議論が行われている.まともな根拠付けができているとは思えない.そのため,「論理的思考とは何か」(社会学的に)明らかにするという著者の目的は全く達成されておらず,「論理的思考」について何らかの示唆を与える段階の研究ではない.
- 論理学や議論学への理解が不十分なため,(2025/4/1 追記)(仮に議論の結論を受け入れたとしても)(追記終わり)この本に対する著者の意義付けはおかしい.
という話をしている.コメントするなら要約くらい読んでほしいが,本文最初の要約ですら読み取り困難な人が居るようなので,再要約した.
(追記終わり)
(2025/8/14 追記 2025/8/21 改稿)「一般書(新書)に対して厳しすぎるのではないか」という意見を最近よくいただくようになった.しかし,『論理的思考とは何か (岩波新書)』は「高校生などに向けて自分の研究を説明する」という体裁で書かている本である.したがって,議論の詳細が省かれているなどは当然あるだろうが,研究の骨子は保たれた説明のはずである(そうでないなら,その時点でもかなり問題のある本である).この記事で批判検討しているのは「その研究の前提として提示された物事」に対する誤認やその研究の骨子そのものが抱えていると考えられる問題についてである.したがって,厳しく感じるのであれば,それだけ「この本で紹介されている研究が抱えている問題はかなり深刻だ」ということに過ぎないと考えられる.(追記終わり)
- 著者の主張の要約とわたしの感想・批判の要約
- 本質論理とは何か
- 著者の論理学に対する認識と実際の現代の論理学やその周辺領域との違いについて
- 現代論理学で扱う「論理」
- 論理学における論証
- 形式論理学・非形式論理学
- 議論学 Argumentation theory
- 著者の認識と実際の論理学の違い
- 著者の論理学やその周辺領域に対する誤解による問題
- 現代論理学で扱う「論理」
- 不十分な論証
- 「作文の型」が論理と思考の型を作る?
- 国を割り当てる必要があったのか?
- 西洋の思考4パターンとの関係は?
- 『論理的思考とは何か』の真の意義は何か
- 結論(2025/03/28 改稿)
- 参考文献
- まともに論理について勉強するためには(2025/03/26 追記 2025/4/27 節タイトル修正)
- 補遺:「『本質論理』は『論理的文章の型』」と理解することができない点について(2025/10/12)
- おまけ:その他『論理的思考とは何か』について思ったこと
- おまけ:論理の社会構築説を示すには
- はてなブログランキング掲載(2025/03/10 追記)
- (2025/10/12 追記 11/17 改稿 2026/06/13 移動)【Youtube の動画 『「学問」を作った男、アリストテレス』 から流れてきた方へ】
*1:第2刷(2024年11月5日発行)を私は持っているので,以下で示すページ数などはその版のものを指している.
*2:なぜか書き忘れていたので追記(2025/03/10 追記)
*3:『論理的思考とは何か (岩波新書) 』を読んだ結果,この研究は(あくまでも現段階ではだが)論理学的にあまりおもしろみがないように思われ,あと,雑な論理学の説明が鼻について読む気がなくなってしまった.もしかすると,『「論理的思考」の社会的構築: フランスの思考表現スタイルと言葉の教育』(2025/03/10 追記)や『「論理的思考」の文化的基盤 4つの思考表現スタイル』(追記終わり)ではこの記事で書いていることが乗り越えている可能性はある.そのようなことがあったら,一応知らせてもらえると助かる.
*4:(2025/03/10 追記)次のようなリストを趣味で作る程度には論理学的ではない論理の語用には寛容なつもりで居る:論理学的でない論理学用語の語用の一覧 - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳.(追記終わり)
*5:ここまで書かないと,社会学の議論として評価してもダメなことが理解できない人間が多いようなので,追記.独自概念を定義すらせず用いるのは控えめに言って学部生の卒論の水準にすら達していないと思われる.(2025/3/27 追記)
非哲学科向けの哲学の本
非哲学科の人間が哲学の諸分野の概観をつかむために最初に手に取ると良いであろう本を紹介する*1.このブログ記事を書いている人間は非哲学科であるが,哲学科の人間にも目を通してもらい,悪書が紛れ込んでいないことなどは確認してもらっている.
基本的に自分が手に取った事のない本を薦めるのは主義に反するのだが,同種のまとめがあまりなさそうなので,他の人からの推薦された本も書名だけ書く*2.
(2026/08/30 追記)もしかすると,どの分野の本を読むにせよ,長門裕介先生の哲学の勉強:短答問題で知識を整理しよう|ながとを読んでおくと良いかもしれない*3.ただし,この記事の「読む」は「字面を追う」とか「文字列に目を這わせる」とかそういう意味で使われており,内容の理解を含意していないようである(わたしが「読む」と言う場合,そこに「内容の理解」を含めているのだが,読書を「本の表面に目を這わせる」という意味で使っている人も居るようなので,理解のできる用法ではある).ちなみに,昔,人文系の人から聞いた理解の確認の仕方として「索引に載っている用語を説明できるかどうかを全部確認する」という方法を聞いたが,わたし個人はそこまでやったことはない.(追記終わり)
- 論理学
- 形而上学
- 認識論
- 倫理学
- 科学哲学
- 心の哲学
- 言語哲学
- 哲学史(暫定版)
- 数学の哲学(2026/08/26 追加)
- 選書基準のようなもの
- 似たような目的のページ
- コメント返し
- はてなブログランキング掲載
*1:二冊目以降の本については,各本の参考文献一覧などから選ぶか,学術系ブックリストのリスト - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳 に載っているリストのどれかを参考にすると良いと考えられる.
*2:(2024/12/8 追記)他人から推薦された本でも無批判に載せるようなことはしておらず,定評の確認などは行ったうえで掲載するかどうかは決めている.(追記終わり)
*3:少し,倫理学者らしい意見だなと思ったのは冒頭を「ただ、ちょっと引っかかるのはそれを読んでどうするんだ、ということです。」から始めて,「知識を仕入れたら「自分がそれを本当に使いこなせるか」をチェックする」としている点にもある.なんとなく,「何かを勉強したらそれを活用するべきだ」やそれより穏当に受け取っても「何かを勉強したらそれによって個人に何らかの良いことが引き起こされなければならないはずだ」という前提があるように感じる.わたし個人としては「勉強しても活用できるかどうかはわからないし,単に何らかの学術的な知識を得ること自体に価値があるだろう」というスタンスなので,このようなオープニングに少し驚いた.もちろん,内容の理解を伴わないような「読書」に価値は見いだせないので,長門先生の記事の趣旨には賛成なのだが.
予習時間が確保できない人たちのための数学のゼミの進め方
伝統的な数学のゼミは,河東先生のホームページ How to prepare for seminars に書いてあるような「予習してきた人が参加者全員の前で発表する」という方式を取る*1.このやり方は少なくとも数学専攻の学生向けが自分の専門としたい領域を学習する方法として最適であろうと言われているし,私自身もそう思っている.
一方で,この方法は予習の負担が明らかに大きい.そのため,そもそも予習時間が確保できない人々が集まってゼミをする場合,たとえば,自分の専攻の研究や仕事の傍らに専門以外の内容のゼミをする場合などは別の進め方をしなければならない.
この記事は予習時間が確保できない人々が集まってゼミをする場合の進め方を紹介するものである.このやり方で一冊本を読み切った上で,全く証明の書けなかった知人がある程度証明が書けるまで成長しているのを目の当たりにしているので,そこまで的外れなやり方ではないと考えている.
- 予習なしのゼミの進め方
- この進め方のメリットデメリット
- その他,自主ゼミをする際に気をつけた方が良いこと
- ゼミメンバーが連絡を取り合うこと
- 時間厳守のためのバッファのための時間の確保
- FAQ
- 音読しなきゃダメ?
- 参加メンバー全員が行間を埋められないことが多いのですが.......
*1:河東先生の「何も見ずに発表する」まで課さないことが多いとも思う.私見だが,定義が多い上に,細かな定義の違いが広範囲に影響の出てしまう数理論理学などでは「何も見ずに発表する」はワリと厳しいし,時間がトンデモナイことになるので,メモなり資料なりを持ち込むのを許容しないのは現実的ではないと考えている.
速習・数学的対象の存在論
「虚数が存在するのかどうか」という話が某 SNS で盛り上がっては盛り下がるのを繰り返している.この件についてはだいぶ以前に次のような記事を書いた.
sokrates7chaos.hatenablog.com
今現在読むと微妙に一般的な言葉遣いと違うような言葉遣いをしてしまっている*1.が,「実数の存在を受け入れているなら,虚数の存在を受け入れなければならない(虚数の存在を受け入れらないならば実数の存在も拒否しなければならない)」という主旨はわかるようになっていると思う.
さて,上のようなことを書いといたらこういう話がおさまるかなと思っていたらそうでもないようで,数学的対象の存在論(という数学の哲学の一分野)について素人目に見ても混乱をしていたり,「それは過去にすでに破綻が指摘されている立場ですね」という話をしたりする人がかえって増えたように思う.そこで,数学的対象の存在論について素人なりに見ても「ここは押さえておかないと実のある議論にならないだろう」ということをまとめてみることにした*2.(2024/07/29 追記)基本的に諸派の見解の解説にとどめ,私自身の意見はモチベーションの説明部分と諸派の意見に対する評価部分くらいにしか現れないように注意して書いた.(追記終わり)
所詮は素人による雑なまとめなので,誤った点があったら教えてほしい.
- 「数学的対象の存在」がなぜ問題になるのか
- 数学の用語としての「存在」と存在論で問題になっている「存在」
- 不可欠性論証
- 主要な立場(と思われるもの)
- 数学的対象は存在する(数学的対象の存在論における実在論・プラトニズム)
- この立場のメリット・デメリットまとめ
- 数学的対象は存在しない(数学的対象の存在論における非実在論・唯名論)
- 虚構主義
- 様相による真理論
- この立場のメリット・デメリット
- そもそも「○○が存在するか」という問題自体がナンセンスである(カルナップとその支持者たち)
- この立場のメリット・デメリット
- 数学的対象は存在する(数学的対象の存在論における実在論・プラトニズム)
- 結論
- 参考文献
- 参考になりそうな文献
- 質問に対する回答(2024/07/29 追記)
*1:「存在」を「実在」と言っていたりね.
*2:わかる人向けの注釈:面倒なので「数学的文章の真理値は存在している」として,以下では話をする(数学的命題の真理値の実在論の立場で議論する).「数学的命題に真理値は存在しない(数学的対象の真理値における非実在論)」,「真理は存在しない(真理の非実在論)」「真理は人によって異なる(真理の相対主義)」などのような立場もあるが,その立場に立っている人をあまりお見かけしないので扱わない.特に後半二つは議論のたたき台としても面白いとは思えないし,よほど緻密にやらないとすぐに破綻する立場という印象が強い.