非哲学科の人間が哲学の諸分野の概観をつかむために最初に手に取ると良いであろう本を紹介する*1.このブログ記事を書いている人間は非哲学科であるが,哲学科の人間にも目を通してもらい,悪書が紛れ込んでいないことなどは確認してもらっている.
基本的に自分が手に取った事のない本を薦めるのは主義に反するのだが,同種のまとめがあまりなさそうなので,他の人からの推薦された本も書名だけ書く*2.
論理学
推論や根拠ある論証について扱う学問領域を論理学と言う.
哲学を勉強する上で,特に勉強したい分野にこだわりがなければ,哲学の諸分野の本を読む基礎としての「論理」について書いてある本から手を付けるのが良かろうと思われる.
現代で「論理学」と言うと,論理を分析するための人工言語(記号)を導入して考える形式論理学のことを指すことが多い.一方で,哲学の諸分野の本を読む基礎としての「論理」について学ぶのにそこまで派手な(?)道具立てが必要かは甚だ疑問である.そのため,この記事では非形式論理学という人工言語(記号)を導入することなく,自然言語上の「論理」について考える分野の本を紹介することにする.
とはいえ,論理(特に演繹と呼ばれる種類の推論)そのものを考える上ではやはり記号化(形式化)は必須であるので,論理学を本格的に学ぶためには結局,記号・数理論理学の本を読む必要である.そういう場合に読むべき本については,手前味噌だが,今,「論理」を学ぶ人のために - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳 や 論理学およびその周辺領域の本 - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳 などを参考にしてほしい.
最近発売された非形式論理学の入門書である.分厚いがかなり平易な文章で書かれているので,すらすら読める(はず).あまり一般的ではない著者の独自用語などは断ってから使っており,著者の知的誠実さが伝わってくる.
この本を読むと「誤りを含みうる推論」がどのように「誤りうるか」などを学ぶことができ,学術的な議論全般において有用であると考えられる.
形而上学
形而上学は「同一性」「因果性」「存在性」などの世界の基礎的なあり方について研究する学術分野である.1930年代に勃興した論理実証主義やその後継の人々などは,そういった問題をすべて科学の問題に帰着させることで,解決しようとしていた.が,ところがどっこい,そうはいかなかったので生き残り発展した分野である.
現代形而上学についてのさまざまな話題が平易な文で書かれている.まさに概観をつかむための本である.主に「人の同一性」「自由と決定論」「様相(必然性・可能性)」「因果」「普遍(的な性質とはどういうものか)」「個物(の存在論)」「人工物の存在論」について書かれている.関心を持った話題について次に読むべき文献を提示してくれているのもうれしい.
- この分野について他の人からの推薦された本(わたしは読んだことない)
認識論
認識論とは「知識とは何か」「何かを『知っている』というのはどういうことなのか」のような問題について研究する学術分野である.認識論の一部はすでに「認識科学」に取り込まれてしまったと見る向きもあると聞いたが,いまだに哲学的に解決しなければならない課題も多くある.
認識論の諸分野を話題ごとに解説している.一部の章で若干の論理の飛躍や不十分に思われる論証があるが,「概略をつかむ」という目的のためにはそこまで困らないと思う.
個人的なおもしろポイントとして「教育」についての章でのみ,明らかに一般論ではなく著者の立場が前面に押し出されてしまっていることである(他の章では客観的な記述に徹しているにも関わらず!).とはいえ,その主張にはうなずけるものがあり,「教育は知的徳を育むために行われなければならない」と私も思う.
倫理学
倫理学とは道徳,社会正義・規範などについて考察する学術分野である.「政治哲学」も(権力者の)規範についての学問であるから倫理学の一種であると見る人もいる.
元々は医療倫理学についてのシリーズの一冊だったものらしいが,あまりにも倫理学全般についての解説がしっかりしていたためか,独立した本として出版しなおされたという不思議な経歴の本である.かなり議論の流れがしっかりしており,初学者でも非常に読みやすい.何より意味の通らない文や非文が出てこないのが素晴らしい*3.
科学哲学
科学哲学とは科学に付随する哲学の問題について研究する学術分野である.「反証できるのが科学の条件です」などという破綻した主張を鳴き声のように繰り返す哀れな生き物にならないためには,科学者はみな一度かじったほうが良い分野かもしれない.また,なぜか,「科学に規範を与える(科学とはこうでなければならないというルール)」を与える学問だと考えている人々も居るが,そのようなことは(科学)哲学の仕事ではない.
科学哲学のいくつかの課題についてのいろいろな立場の考え方,そのメリット・デメリットがコンパクトにまとめて書いてある本.とても読みやすい.
Philosophy of Science Books in Japaneseによると,本文中のダウン症の事例については誤った記述が含まれているそうだが,大筋の議論には影響してないように見える.
「科学と疑似科学の境界は何か」という線引き問題を中心に科学哲学の諸分野についての議論をまとめてくれている本.個人的には読みやすいと思うのだが「扱っている内容が難しいのでは」という哲学科生からの意見もあった.
- この分野について他の人からの推薦された本(わたしは読んだことない)
心の哲学
心の哲学とは「心」に関連する哲学の問題について研究する学術分野である.いわゆる(共産主義とは関係のない純粋な)唯物主義や物心二元論などについて真剣に考えている分野.
心の哲学における課題や立場についてそのさわりを概説している.平易な文章で書かれているので雰囲気はよくわかる.
言語哲学
言語哲学とは言葉の意味などに関連する哲学の問題について研究する学術分野である.20世紀に急速に発展した哲学の分野の一つであり,現代の哲学はこの分野抜きに語ることはできないだろう.
言語哲学関連の話題のア・ラ・カルトという雰囲気.この本の後は 言語哲学: 入門から中級まで → 増補改訂版 言語哲学大全I と進むのが言語哲学学習の黄金パターンらしい.(2024/12/10 追記)「この本だけ他の分野の本に比べて古いのではないか」と言われて初めて気が付いたのだが,確かにこの本はこの記事で主に扱っている他の本に比べて少し古い.しかし,ある程度網羅的に話題を扱っている言語哲学の本の中で,全く哲学の素養のない人が読めそうな本が他になかった*4ため,この本にした.(追記終わり)
(2024/12/10 追記)
- 二冊目としてなら良さそうな本
- 悪い言語哲学入門 (ちくま新書)
- 「この本ではだめなのか」とよく聞かれるので,「一冊目」の本としてあげなかった理由を書いておく.「(英語やヨーロッパの言語で言語哲学を行う方がどうしても多いが)日本語で言語哲学をやっている」「『言語哲学者はこのように課題に向けてアプローチをする』というのを教えてくれる」という点で良書であるとは思う.が,「言語哲学とはどういうものか」を――主題からして当然なんだが――網羅的に扱っているわけではまったくないように思われ,「言語哲学を少しかじった後に読むとおもしろい入門書」という感じがしたので,一冊目の本としては挙げなかった.言語哲学入門 や 言語哲学: 入門から中級まで を読んだ後に読むと良いのではないだろうか.
- 悪い言語哲学入門 (ちくま新書)
(追記終わり)
哲学史(選書中)
(2024/12/10 更新)(この節についてはしばらく随時更新するので,更新日時のみ記録することにする)
哲学史とは哲学の歴史について研究する学術分野である.普通は○○史(数学史など)と名前の付く分野は歴史学の分野の一つなのが通例(だと思う)だが,哲学史に関しては哲学者も「哲学的課題の解決のためのアイディアを得るために古典を読む」ということが頻繁に起こるため,哲学史も哲学の一分野の扱いということになっているらしい.
「哲学史は哲学に必須」というスタンスの哲学の人が多いのは事実だが,非哲学科が現代哲学をかじりたいだけなら必要がないと思う.実際,哲学史にそこまで詳しくないわたしでも分析哲学の話は(難しくなければ)ついていけているし.......ギリシャ哲学周りの「魂」の話とか,クセノファネスの哲学詩の話とかは現代哲学の話を理解する上で必要なのか,かなり疑問だし.......「数学を勉強するには数学史が必要」「物理学を勉強するには物理学史が必要」などと言われたら「アタマがおかしいのか」と思うわけで.
実際問題,「現代哲学に哲学史は必要なのだろうか」という主旨の論文がでていて一時期話題になったことがある【https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/0020174X.2022.2124542】*5.少なくとも哲学史系の研究者でも「現代哲学やりたいだけなら,哲学史を無理してやる必要もないのではないか」という主旨のことを言う方を知っている.
いずれにせよ,専門家の育成のための本を紹介するという意図ではない以上,どの程度哲学がやりたいか,またどういった目的で哲学の勉強がしたいのかによって,勉強するかしないか決めても良い分野だというスタンスをこの記事では取ることにする.
(選書中)
- この分野について他の人からの推薦された本(わたしは読んだことがない)
- 二冊目としてなら良さそうな本
- 西洋哲学史: 古代から中世へ (岩波新書 新赤版 1007)・西洋哲学史: 近代から現代へ (岩波新書 新赤版 1008)
- 良く薦められる本だが,なんとなくところどころ読みにくい(わたしが分析系の哲学や理詰めの本の方が好きなせいかもしれないが).頭の整理をつけるために読むのなら良さそうな気はするので,二冊目としてなら良いと思う.
- 西洋哲学史: 古代から中世へ (岩波新書 新赤版 1007)・西洋哲学史: 近代から現代へ (岩波新書 新赤版 1008)
選書基準のようなもの
この記事の本は次のような基準で選んだ.
コメント返し
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非哲学科向けの哲学の本 - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳
- [知らんけど]
「非数学科向けの数学の本」みたいなのが(主に専門分化の結果として)いかにムリっぽいかと思うとこういうのは難しそう。その意味では初手はギリシャ以来の展開をたどるのはアリだとは思う(つまり哲学史)
2024/12/08 18:42
実は次のようなリストが存在します:
また,非数学科むけに書かれた数学の本はちょっと探せばすぐ出てきます(工学のための線形代数: 0 (工学のための数学) とかね.ググって書名から明らかに数学科向けではないものを選んだだけなので,良い本かどうかは知らんが).ということで「ムリではないでしょ」が結論です.
分野によっては前提知識が多くて,非専門家が新たに参入しにくい分野があるのは事実ですが,「哲学」とか「数学」とかくらいの広さで見てるときは,「関心のある部分領域で入りやすそうなところから入れば良いのでは」と思いますね.......この広さで見ても専門家しか読めない本しかないなら,新しい専門家を育てられないことになるので,ちょっとナンセンスな発想です.
はてなブログランキング掲載
この記事は以下のランキングで 10 位をいただいた.はてなブログ全体のトップページにも載っていたらしい.ありがとうございます.
書くのに三週間くらいかけた 【詳細版】 1+1=2 笑えない数学 ~笑わない数学の笑えない間違いの話~ - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳よりも順位が高いことに思うことがなくはない.
*1:二冊目以降の本については,各本の参考文献一覧などから選ぶか,学術系ブックリストのリスト - Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳 に載っているリストのどれかを参考にすると良いと考えられる.
*2:(2024/12/8 追記)他人から推薦された本でも無批判に載せるようなことはしておらず,定評の確認などは行ったうえで掲載するかどうかは決めている.(追記終わり)
*3:最初に手を取った倫理学の入門書と思しき本(当たり前だが入門・倫理学のことではない)が意味の通らない文や非文だらけで,読むに堪えなかったという悲しい経験の持ち主の感想です.
*4:これでも詳しそうなやつ複数人に聞いた.
*5:この論文は植村玄輝先生による日本語のまとめが存在する:現代哲学の研究に哲学史は必要なのか - 研究日誌.
*6:哲学がわかる 科学哲学 新版 は実は日本語版を読んでいない(原語で読んだ)ので,日本語版の評価として適切ではないかもしれない.
*7:古典を非専門家に軽々しく薦める人間は狂っているか「哲学をやるには素質が必要」などと考えている選民意識の強い人間かのどちらかだと思う.古典を読むにはやはりその書かれた時代の背景や後世の評価などをある程度知っている必要があり,分野の概観をつかむのにはとてもではないが使えない.どうしても読みたければ,(何かを学ぶためではなく)小説のように読めるであろうソクラテスの弁明 クリトン (岩波文庫)くらいしか非専門家に薦められる哲学の古典はない.古典に限らず小説は楽しむのが一番大事だ.