1. 導入
最近Twitter で「自然数全体から『同様に確からしく』自然数をランダムに選ぶことができる」と思っている方を見かける. 残念ながらそのような確率空間は存在しないという話を書く*1.
2.本論
まず, 数学的に確率空間を定義しよう. そのためにまず完全加法族を定義する.
定義( 完全加法族 )\( \Omega \)を集合とする.
\( \Omega \)の部分集合の族\( \mathcal{F} \)が次のi), ii), iii)の条件を満たすとき\( \mathcal{F} \)を\( \Omega \)上の完全加法族という.
i) \( \emptyset, \Omega \in \mathcal{F}. \)
ii) \(\mathcal{F}\)の元の族 \( \left\{ E_i \right\}_{i \in \mathbb{N}} \)を任意に取る. このとき, \[ \bigcup_{i = 0}^{\infty} E_i \in \mathcal{F}.\]
iii) \( E \in \mathcal{F} \)ならば\( \Omega \setminus E \in \mathcal{F}. \)
要は補集合を取る作業と可算個の集合和に対して閉じている集合の族である.
当然だが, 一般的に\( \Omega \)上の完全加法族は複数存在する*2.
確率空間を定義する.
定義(確率空間)
\( \Omega \)を集合, \(\mathcal{F}\)を\( \Omega \)上の完全加法族とする.
関数\( P:\mathcal{F} \to \left[0, 1\right] \)が次のI), II)を満たすとき, \(P\)を確率測度と言う. また, \( \left( \Omega, \mathcal{F}, P\right) \) の三つ組みを確率空間という.
I) \( P\left(\emptyset\right) = 0, P\left(\Omega\right) = 1 \)
II) \( \left\{ E_i \right\}_{i \in \mathbb{N}} \)を\( \mathcal{F} \)の元の族で互いに素な族とする(すなわち, \( i\neq j \)ならば\( E_i \cap E_j = \emptyset \)). このとき,
\[ P \left(\bigcup_{i = 0}^{\infty} E_i \right) = \sum_{i = 0}^{\infty} P \left( E_i \right). \]
高校数学風に説明すると, \(\Omega\)は「根元事象の集合」, \(\mathcal{F}\)は「事象の集合」, \(P\)は「事象の起こる確率を与える関数」となる.
確率空間の具体例などは参考文献として挙げるものを参照してほしい.
さて, ここから本題である.
「自然数全体から『同様に確からしく』自然数をランダムに選ぶ」という確率空間\( \left(\Omega, \mathcal{F}, P \right) \)は次を満たすものであるはずである.
NOTE
a) \( \Omega = \mathbb{N} \).
b) 任意の\(n \in \mathbb{N} \) について, \( \left\{ n \right\}\in\mathcal{F}\).
c) 任意の\(n, m \in \mathbb{N} \) について, \( P\left(\left\{ n \right\}\right) = P\left(\left\{ m \right\}\right) \).
a) は根元事象は「自然数を選ぶこと」なので当然である.
b) は「ある自然数\(n\)を選ぶこと」に対して確率を与えなくてはならないので, 必要である.
c)は「同様に確からしい」 という条件に対応する.
さて, b)の条件から\( \mathcal{F} = 2^{\mathbb{N}} \)であることがわかる(ただし, \(2^{\mathbb{N}} \)は\(\mathbb{N}\)の部分集合全体の集合). なぜなら, 任意の\( S \subset \mathbb{N} \)に対して, \[ E_i = \begin{cases} \left\{ i \right\} & i \in S, \\ \emptyset & \text{Otherwise,} \end{cases} \]と定義すれば, 当然すべての\(E_i\)は\( \mathcal{F}\)の元であるので, \[ \bigcup_{i = 0}^{\infty} E_i \in \mathcal{F}\]
が成り立ち, 一方で定義から\[ S = \bigcup_{i = 0}^{\infty} E_i \]
も成り立つからである.
さて, 問題はc)の条件である. 確率空間のI)の条件とII)の条件から\(P\)は次のようなことを成り立たせねばならない.
NOTE
\[E_i = \left\{ i \right\} \,\, \left( i \in \mathbb{N} \right)\]
という\(\mathcal{F}\)の元の族を考える. II)の条件から
\[ P \left(\bigcup_{i = 0}^{\infty} E_i \right) = \sum_{i = 0}^{\infty} P \left( E_i \right). \]
ここで
\[ \mathbb{N} = \bigcup_{i = 0}^{\infty} E_i \]
であるから, I)と合わせて,
\[ \sum_{i = 0}^{\infty} P \left( E_i \right) = 1 \qquad \text{(A)} \]
でなければならない.
さて, (A)が問題である. 簡単のため以下\( a_i = P \left( E_i \right)\)と書くことにする.
(A)が成立する必要条件として, \[ \lim_{i \to \infty} a_i = 0 \qquad \text{(B)}\] がある(収束する無限級数の性質).
c)の性質を仮定すると, 各\(i, j \in \mathbb{N} \)に対して\(a_i = a_j\)である(つまり, \( \left\{ a_i \right\}_{i \in \mathbb{N}} \)は定数列である)から, (B)と合わせると, 全ての\(i \in \mathbb{N}\)に対して\[a_i = 0\]となる. しかし, これは(A)に矛盾する.
つまり, c)の条件を満たす確率空間は存在しないのである.
3. 結論
「自然数全体から『同様に確からしく』自然数をランダムに選ぶことができない」ことを示した.
参考文献
確率空間の定義の確認などに用いた. コンパクトにまとまっているので復習にちょうど良いとされる(ホンマか?).
[2] 舟木直久, 『確率論』, 朝倉書店
確率論の定評のある教科書である.