Sokratesさんの備忘録ないし雑記帳

思考の流し台. 駄文注意.

記号の約束~基本的なモノ~

 最近, 数学の記事を書くときに記号をいちいち書くのが面倒になってきたので, あらかじめ定義しておくことにする(適時更新予定). 

 

9/6(tue)更新

  $\mathbb{N}$:自然数全体の集合(当ブログは自然数に$0$を含みます)

  $\mathbb{N}^{+}:=\mathbb{N}\setminus\left\{0\right\}$

  $\mathbb{Z}$:整数全体の集合

  $\mathbb{Q}$:有理数全体の集合

  $\mathbb{R}$:実数全体の集合

【数学】自然数に整数0が含まれることのある3つの理由

 どうも仮面の日曜数学者です. 

 最近ゴジラの話ばかり書いてて, このブログの目的を見失いつつあります.

 是非もないよね!(C.V.釘宮) 

 

 今回のテーマはこちらの記事から.  

【中学数学】自然数に整数0が含まれないたった1つの理由 | マイ勉 : ¥0で使える中学生の無料学習サイト  http://benkyo.me/%E8%87%AA%E7%84%B6%E6%95%B00/

 

 えー......

 なんだか残念な記事ですね......

 端的に言ってしまえば, 「自然数とは指を折って数えられる数である」と主張したいようなのですが, そうすると$2^{10^{1000}}$とかは全人類を集めても数え上げられないので自然数じゃないんですかね......

 もっというと, 手が折られていない状態は$0$じゃないのかなぁ......

 

 揚げ足取りはともかく, 数学の世界には「自然数に$0$を含まない派」と「自然数に$0$を含む派」の2通りの流儀が存在します. 日本の初等教育においては「自然数に$0$を含まない」とする定義しか教えないので, 上のような勘違いした記事が出てくるのでしょう. 

 

 そこで今回は「自然数に$0$を含むことがある」ことについて述べようと思います. わかりやすさとかあまり考えずに突っ走りますが, お付き合い願えると幸いです(書いているうちに楽しくなってきたのが悪い. ). 

 

 「自然数に$0$を含む」理由は以下のようなものが挙げられると思います. 

1. 「数」という概念自体歴史的にどんどん変わっていくものであったこと. つまり, $0$から始まろうが$1$から始まろうが数学的にはどうでもよいということ. 

2. 集合論との兼ね合い. つまり自然数論を集合論の上で展開するには$0$から始めた方が「自然」であること. 

3. 応用面でも$0$を含めておいた方が良いことがあること. 

 一つずつ見ていきましょう. 

1の理由. 

 そもそもギリシャ時代には$1$は数ではありませんでした. 現在の$2$ 以上の整数が彼らにとっての「数」でした. これは$1$はunit(単位)であり, 「unitの集まり」としての「数」とは別物と捉えられていたからです. 

 実は現在の「連続量*1」としての「数」がヨーロッパにおいて認識され始めたのは16世紀以降です. これより以前は「数」は離散的と捉えられていたようです. 

 さらに19世紀の数学の厳密化集合論化の中で「自然数」という概念がようやく数学的に定義されることになります. 

 最終的に自然数を「いい感じに」定義したのはPeanoです. その際のPeano自身の定義では自然数を$1$から始まるものとして定義していました(後述). これが19世紀後半の話です. 意外とキチンとした「自然数」になったのは新しいんですねぇ*2

 それでは$0$から始まる自然数はいつ誰が定義したのか?

 これはBourbaki『数学原論』(1939)が最初のようです. なぜそのような定義を作ったかは2の理由の時に説明することにします. 

 

 こんな感じで我々が思っているよりも「数」という概念が今の形になるのは, 数千年単位の時間がかかっています. 数学の歴史は古い概念を新しい概念が乗り越えていくことで発展してきました. 当然, 中には元々のモチベーションや目的からどんどんずれていく概念, 分野はたくさんあります. 「自然数」だけが例外なはずがありません. いつまでも「1から始まる自然数」に固執するのは, なんらかの合理的な理由がないかぎり――実際, 整数論などの分野では自明な例外に$0$がなることが多いので取り除いておくことが多い――バカげたことのように思います*3

 ともあれ, 歴史的な側面からも「自然数に$0$を含むことは不自然ではない」のです. 

 

 それでは, 自然数に$0$を含む合理的に良いという側面について説明しましょう. 

2の理由. 

 先ほど, 自然数を「いい感じ」に定義したのがPeanoだと書きましたが, 彼のした定義は以下のようなものです(若干現代風に書き直してあります)  . 

【定義】自然数

 自然数全体の集合$\mathbb{N}$とは次の条件i)を満たし,またii), iii) を満たす自分自身への単射写像$\mathop{\mathrm{suc}}\nolimits:\mathbb{N} \to \mathbb{N}$を持つ集合のことである*4
i) $0\in \mathbb{N}$.  
ii) $0\notin \mathop{\mathrm{suc}}\nolimits\left(\mathbb{N}\right)$. 
iii) 任意の$X\subset \mathbb{N}$について, $0\in X$かつ$\mathop{\mathrm{suc}}\nolimits\left(X\right)\subset X$であれば, $X=\mathbb{N}$. 

 気が付いた人もいるかもしれませんが, この定義の自然数では$0$が含まれています. この$0$を$1$に置き換えたのが, オリジナルのPeanoの公理により近いものになります. 

 この定義のうち, わかりづらいのはiii)の定義でしょう. この部分は次のようにも書き換えられます. 

 iii)' $\mathbb{N}$の元$n$についての命題$P\left(n\right)$について, $P\left(0\right)$が成立し, また任意の$k\in\mathbb{N}$について$P\left(k\right)\Rightarrow P\left(\mathop{\mathrm{suc}}\nolimits\left(k\right)\right)$が成立するならば, 任意の$n\in\mathbb{N}$について$P\left(n\right)$が成立する.

 いわゆる数学的帰納法ですね( iii)の集合$X$を定義している命題が$P\left(n\right)$だと思えば, 話は分かりやすいかと思います). この形の数学的帰納法が扱えるのが自然数の根本的性質なのです*5

 

 こういった対象は同型を除いて一意に定まる[要証明]ので, 数学的に自然数がキチンと定義できたことになります(9/12に解説を追加. 下の方を参照). 

 

 さて, 気になるのはこういった対象がホントに存在するのかどうかですが, 実は空集合を用いて次のように「構成」することができます. 

\begin{align*}0&:=\emptyset \\1&:=0\cup\left\{0\right\}=\left\{0\right\} \\2&:=1\cup\left\{1\right\}=\left\{0, 1\right\} \\3&:=2\cup\left\{2\right\}=\left\{0, 1, 2\right\} \\&\vdots\\&\vdots\\ \mathop{\mathrm{suc}}\nolimits\left(n\right)&:=\left(n-1\right)\cup\left\{n\right\}=\left\{0, 1, 2, \dots, n\right\}\\&\vdots \\&\vdots\end{align*}

 このように構成された対象はPeanoの公理を満たします[要証明]. 

 さて, 上の構成方法の始点を$0:=\emptyset$にしました. そのように定義すれば自然数と対応する集合の元の個数が同じになっていることがわかります.  集合を考えるうえで, $\emptyset$が必須であり, 始点にすることに自然さを感じる鑑みるとやはり, $0$を自然数としてとらえた方が自然です.  なにより, 有限な集合の元の数え上げにおいて$\emptyset$だけ自然数で数えられないことに違和感を感じるのは私だけではないはずです. 

 

 ともかく, 現代の数学の主要な言語たる「集合」を考える上では$0$を自然数から外すことに違和感があるというのが, この節で述べたかったことであります. 

3の理由. 

 自然数に$0$を含めることの応用面での良さについてですが,  これはホントに簡単に. 

 

 計算論において, 帰納的関数を考えるとき, $0$を自然数に含めた方が便利であることが少し勉強するとわかります. このあたりはもっと詳細に述べるべきであろうと思いますが疲れてきたのでまた今度...... 

 

まとめ 

 えー, テンションが上がって必要以上に詳しく書いてしまった感がありますが, 「現代的には$0$は自然数なんだ」という気持ちは伝わったでしょうか? かなり雑に書いた部分もあるので, この記事は今後, 暇なときに更新をしていこうかと思います. 

 

 もしも, 何かしら誤りがあった場合, コメント欄にてお教え願えると幸いです.  

 

 

 

 もう, 「$0$は自然数」と言うの面倒になってきたので, 「非負整数」って言えばよい気がする......

 

参考文献

[1]三浦伸夫, 『数学の歴史』, 放送大学教育振興会

数学の歴史 (放送大学教材)

数学の歴史 (放送大学教材)

 

 16世紀以前の数学の歴史についてはこの本を参考にしました. 「放送大学の教材」だからと侮るなかれ, イギリスのアマチュア数学者(Philomath)について詳しく記述してある日本の本はこの本ぐらいではないでしょうか? 

 他の数学史についての本であればカッツ 数学の歴史とかOxford 数学史とか復刻版 カジョリ 初等数学史とか佐々木力氏の数学史とかブルバキ数学史〈上〉 (ちくま学芸文庫)が有名だと思います.  

[2]H.D.エビングハウス他, 『数』, 丸善出版

数 上 (シュプリンガー数学リーディングス)

数 上 (シュプリンガー数学リーディングス)

 

 16世紀以降の「自然数」についての歴史と自然数の公理的扱いについてはこの本を参考にしました. 「自然数」「実数」などの公理的扱いや構成法について詳しい本です. 

 下巻"数 下 (シュプリンガー数学リーディングス)"もありますが今回はそちらは参照しませんでした. 

[番外] 清史弘, 『受験数学の理論1 数と式』, 駿台文庫

駿台受験シリーズ 分野別 受験数学の理論1 数と式

駿台受験シリーズ 分野別 受験数学の理論1 数と式

 

 私が「自然数に0を含むことがある」ということを初めて知ったのはこの本が最初だと思います. 高校時代このシリーズをやたらと気に入って全巻そろえたのは良い思い出です. 今回は参照はしていませんがついでに.

 ただ, Peanoの公理についての記述周辺に語弊のある説明があったような記憶があるので, 注意をしてください.  

 

追記(9/12)

 どうも, 同型を除いて一意に定まるという概念がわかりづらいようなので, 少しだけ解説します. ここで言う「同型を除いて一意に定まる」というのは, 「名前の付け方によらず, (今回の場合は「自然数の」)構造が一つに決まる」というのが「気持ち」です. この「気持ち」をもう少しフォーマルな形にすると次のようになります. 

定理

 集合とその上の単射関数, およびその上の元の組である$\left(\mathbb{N}, \mathop{\mathrm{suc}}\nolimits, 0\right)$と$\left(\mathbb{N}' , \mathop{\mathrm{suc'}}\nolimits, 0'\right)$が両者ともにPeanoの公理を満たすとき, 次の性質を満たす全単射関数$M:\mathbb{N}\to\mathbb{N}'$が存在する. 

i) $M\left(0\right)=0'$. 

ii) $M\left(\mathop{\mathrm{suc}}\nolimits\left(n\right)\right)=\mathop{\mathrm{suc'}}\nolimits\left(M\left(n\right)\right)$.

 これが成り立つことの証明は後日もう少し時間があるときに追加したいと思います. 

 

 そうすると, \[0, 1, 2, 3, \cdots\]も\[0, 1, 10, 11, \cdots\]も\[a, b, c, \cdots , aa, ab, \cdots\]みたいな文字列もすべて($\mathop{\mathrm{suc}}\nolimits$をしっかり定めることができれば)数学的には自然数です. 

 

 現代的な数学では「数学的構造」が同じものは同一視するので, 名前がどうなっていようと構わないのです. 

*1:義務教育をしっかり受けた人々には, 数直線に隙間がないというイメージがあるはずです.

*2:当然ですがnaiveな取り扱いはもっと以前よりなされていました. たまに勘違いをしている人がいますが, 現在数学の主流な「言語」たる集合論が成立したのは19世紀のことです. それ以前は「公理」などはあまり重視されずもっと素朴に数学をやっていたようです. 「公理」が現代のように最重要視されるようになったのは, Hilbertなどの登場以降のように思います.

*3:余談ですが, 「函数」という概念も古い概念だよねという話を大学時代の指導教官とした覚えがあります. 入れたものを別のものに変えて吐き出すブラックボックスとしてのイメージの「函数」と集合の元同士の関係としての「関数」とを比べると, Functionの捉え方は現代的には後者にするべきでしょう. 書いてて思ったのですが, 計算可能関数は「プログラム」という「函」にいれたものが変化して返り値を返すと思うと「函数」ですね.

*4:厳密にいうと, $\left(\mathbb{N}, \mathop{\mathrm{suc}}\nolimits, 0\right)$の組として定義されるべきものです. それぞれ, $\mathbb{N}$は全体の集合, $\mathop{\mathrm{suc}}\nolimits$は次の数字を指定する関数, $0$は自然数の始点といった気持ちがあります.

*5: 詳しく知りたい人へ. 高校数学においては数学的帰納法の形として「任意の$k\in\mathbb{N}$について$P\left(k\right)\Rightarrow P\left(\mathop{\mathrm{suc}}\nolimits\left(k\right)\right)$」の部分を「任意の$k\in\mathbb{N}, l\leqq k$について$P\left(l\right)\Rightarrow P\left(k\right)$」に置き換えた形の数学的帰納法を紹介されることがありますが, このうち後者の「数学的帰納法」は「整列集合」一般に適用されるものです(整列集合についてはそのうちこのブログに書きそう). 本文中のタイプの数学的帰納法こそが「自然数」を「自然数」足らしめる根本的な性質なのです. 

シン・ゴジラはいいぞ2

 シン・ゴジラを最初に見てから数週間がたとうとしている. 

 結局, 3回ほど見てしまった. 

 正直, 最初は圧倒されすぎて感想を言葉にすることが困難だったが, 3回目の視聴を経てようやく, 感想を言葉にできそうな気配がしてきている. 

 今回はそんな, わたしの感想のようなものを垂れ流そうと思う. 

 

 この映画で最も圧倒されたのは, その作りこみの深さだ. というよりも「虚構にいかにしてリアルを持ち込むか」ということに対するこだわりであろうか. 

 この映画を見ながら私が一番に考えたこと. それは

ゴジラが攻めて来たら, どこに逃げよう?

であった.

 

 この映画は,  「ゴジラ」という日本で最も有名な「虚構」を「現実」に持ち込んだ作品である. 

 たとえば, 怪獣映画ではおなじみの自衛隊の出動であるが, 劇中ではどのような解釈で自衛隊を出動させるか悩むシーンが存在する. 法律は門外漢なので詳しくないが, どうもどの解釈で出動するかによって, 自衛隊のできることに差があるようだ. 

 そういった細かな「現実の壁」を象徴するシーンは挙げるときりがないので止めておくが, こういったシーンの積み重ねが我々に「これは現実ではないのか」という錯覚を与える. この「虚構」と「現実」の壁の「破壊」こそがこの映画の真骨頂だ. 

 

 その壁が壊されたからこそ, わたしは思う. 

ゴジラが攻めて来たらどこに逃げよう.

  

 そういった意味でこの映画は「怪獣映画」ファンにはお勧めできないかもしれない. この映画は「怪獣プロレス」をみるための映画ではないのだ. 

 庵野監督自身としては「現在の東京でゴジラを暴れさせたい」という欲求で作った作品なのだろうが, もはや作品はその手を離れ, それこそこの映画の「ゴジラ」のように個々人の中に「進化」し入り込んでいく. 

 

 もう一度あの言葉を叫びたい. 

シン・ゴジラはいいぞ 

  庵野監督ありがとう. スタッフのみなさん, ありがとう. キャストの皆さんありがとう. 

 皆様に円谷魂の栄光あれ! 

三角形の心~ETCのはなし~

 みなさん, こんばんは. 

 夏がそろそろ終わるんやなってやっている仮面の日曜数学者です. 

 

 皆さんは, 三角形の「心」のことをご存知ですか?

 えぇ,そうです. 高校で習ったであろう「五心」のことです. 

 「重心」「外心」「内心」「垂心」「傍心」ですね. 

 

 実はこれ以外にも三角形には「心」があります. なんと現状一万個以上あるそうです. 

 そんな三角形の「心」の百科事典が世の中には存在します. 

 その名もENCYCLOPEDIA OF TRIANGLE CENTERSと言います(英語のサイトです). 

 http://faculty.evansville.edu/ck6/encyclopedia/ETC.html

  

 もともとはこの本が元のようです. 400個の心が載っているそうです. (12/17追記 と書いていたのですが, いただいたコメントによると, 私の勘違いの可能性が高いようです. そのため, 本のページへのリンクなども全て消しました. 詳しくは下の鴨先生のコメントをご覧ください)

 

 すごいですねぇ......

 最初の数個くらいであれば知っているのですが, 後半何を思って定義したのかわからないモノばかりです. 

 なにをとちく......もとい何を考えて, こんなに三角形の「心」を増やしたのかはわかりませんが, 間違いなくこのページを眺めていれば「三角形」のプロフェッショナルになれるかと思います. 

 

 そのうち, 読み込んでみたいページではありますが, そんな時間あるのかなぁ......

シン・ゴジラはいいぞ

 シン・ゴジラはいいぞ

という言葉がある. 

 

 シン・ゴジラといえば現在公開中の庵野監督の本気の塊の特撮映画である. 

www.shin-godzilla.jp

 

 私はこの作品の感想をどう書こうか, どう表現しようかこの数日迷ってきた. 

 しかし, この作品の圧倒的力の前ではどのような言葉を尽くしても何となく浮ついてしまう. 

 いろいろな感想をいろいろな人が書いているが, どれもどことなくこの作品の一面を捕らえているだけで, 「そうなんだよ」と共感しつつも「でも, この作品の本当のすごさはそこじゃないはずなんだ」と思ってしまう. 

 この作品の前では批判的なコメントですら, この作品の力にあてられて受け止め切れていないだけなのではないかと思う時がある. もちろん, ご愛敬みたいなコメントもあるが......

 

 いろいろと言葉を尽くしてすごさを語ろうと思ったが, どうやっても表面論・技術論に終始してしまいそうである. それは今の僕が語りたいことではない. 

 だからこそ, この作品に対する感想を述べるのであれば, 今はこの一言にするしかないのである. 

 

シン・ゴジラはいいぞ
 

 この一言にあらゆる評価, 感動は込められている. 

 もっと冷静にこの作品を見つめられるようになった時にこの作品の感想, 考察をしっかりと書き残したいと思う. 

 ひとまず, 庵野監督ありがとう! スタッフの皆さんありがとう! キャストの皆さんありがとう!

 みんなシン・ゴジラを見よう. 話はそれからだ. 

 

シン・ゴジラ音楽集

シン・ゴジラ音楽集

 

 

 

【書評】異なる二人の実数解

 こんにちは. 仮面の日曜数学者です. 

 夏(コミケ)が終わってしまいましたね......

 今日は, 昨日のコミケで手に入れたこの本について書きたいと思います. 

 

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 著者とは顔見知りなので, あんまり辛口すぎると禍根を残しそうで怖いなぁ, とも思ったのですが, こういう場合思いっきりやった方が友情が生まれるって聞いたことがあるので思ったことをそのまま書くことにしました. 

 キチンと自分の思ったことを伝えるためにネタバレ上等で行きますので, 未読の方はご了承ください. 

 

 さて, この本は数学に関するショートショート集である. 目次は次のようになっている. 

パラドックスたろう(前編)

問題な指示たち 

問題な指示たち(解説)

フラクタル・クッキング

w軸から来た男

もしもタルタリアとフェラーリの勝負がフリースタイルバトルだったら

パラドックスたろう(後編)

パラドックスたろう(解説)

あとがき

 解説は対応する小説の数学的側面の書いてある部分である. 個人的には「解説の必要な小説ってなんだよ!」という感じだ. 注釈だろせめて!  

 上記の話のうちパラドックスたろう(前編)は作者が公開をしてくれている. 

motcho.hateblo.jp

 

 全体的な構成としては, 文字が大きく行間が広く目に優しいモノになっている. 使用ツールはフォントから察するにおそらくWordだろうか?

 各節は完全に独立をしていて, 他の節との関わりは(数学という共通点を除いて)一切ない. また, 数式はほとんど出てこない.

 通して読んでも結局タイトルの意味は分からなかった*1

 さて, それぞれの節に対して個別にコメントをしていこう. 

パラドックスたろう

 前編と後編で趣の違う話なので分けて議論をするべきのような気もするが, あえてまとめて感想を述べる. 

 話としては童話「桃太郎」をベースとしたパラドックスをテーマにしたものだ. 

 ネット上ではこの話が一番人気があるようだが, 自分にはあまり面白いとは思えなかった. 

 文章中にはパラドックスをネタとした文がたくさん出てくる. しかし, それらの文は鼻につくだけで, 後の伏線になっているのかと思いきやそういうわけではなかった. 必然性のない文の羅列に私には思えた. そういったギャグなのであればもう少し一つ一つのネタを大事にするべきであると思う. なんというか大量の有名なパラドックスを並べただけで, 小説として書く必要がないように思った. 

  一応, 話全体もタイムパラドックスネタになってはいるが, それをやりたいのであれば前編からしっかり伏線を張らないといけない. タイムパラドックスネタは伏線の張り方が面白さの5割ぐらいを占めるのだから. 

 やるのであれば, 一つのパラドックスを掘り下げる方向でやった方が良かったと思う. 

 ついでに言うならば, 選択公理パラドックスに含めるのはやめてくれ! 

問題な指示たち

 個人的にこの本で一番面白いと思ったのはこの話だった. 数学の問題を現実世界で再現させようとする謎の組織に振り回される男の話. 名作ではないが良作ではあると思う.  

 文それぞれも読みやすく, 話もわかりやすかった. ただ, ここで言うわかりやすさは話の筋が単純だからで, もう少しひねりがあるとより面白かったように思う. 

 僕の中での具体的なプランとしては「主人公が謎の組織の正体に迫るためにさまざまな策を講じるが, それがことごとく数学の問題にされてしまう」みたいなプロットはどうだろうか? まぁ, このプロットだともう少しページ数が必要になるが...... 

 さて, この話の解説のページに2点ほど細かな間違いがあったので, そこを指摘しておきたい. 

1. 速度の計算の項

「距離$=$速度$\times$時間」「速度$=$距離$\div$時間」「時間$=$距離$\div$速度」の関係を述べるのに「移項」という言葉が使われていたがそれは誤りである. 

 移項と言うのは左辺から右辺に項を移動する際, 正負を逆転して異動させることで等号を保ったまま式を変形させる手法

\begin{align*}a+b&=c\\ a&=c-b\end{align*}

のことで, 

\begin{align*}\frac{a}{b}&=c\\ a&=bc\end{align*}

という変形は移項とは呼ばない. 「等号の性質」によって変形できるなどと言っておけばよかったのだと思う. 

2. 年齢算

 年齢算の解法として用いるのは棒グラフではなく「線分図」と呼ばれる別物である.  

フラクタル・クッキング

 フラクタルをテーマにした料理本のパロディ. 

 フラクタルって誤解されやすいよね. 

w軸から来た男

 それなりにおもしろくはあったが, 設定に矛盾が多く若干イライラした. 

 一番変だなと思ったのは, 劇中設定では死んだら4次元に行くとのことであったが, その割には3次元人の発見がごく最近であるかのような発言があった. 3次元人が死んだら4次元に行くのであれば, 発見自体は早くてもよさそうな気がするのだが......  

 細かいことだがw軸のwはイタリック体$w$で出してほしかった. 

もしもタルタリアとフェラーリの勝負がフリースタイルバトルだったら

 後半はよくわからなかったので, 前半の数学史の部分について2つ疑問を持ったのでそこを提示したい. 

 1. 数学試合で3次方程式を解かせるタイプの問題が多かったという話は寡聞にして存じ上げないのであるが, どこが出典であろうか? 出典をぜひお教え願いたい. 

 2. 「カルダノが3次方程式の解法を公開した理由はフェラーリが4次方程式を発見したことである」と書かれているがそういった文献を残念ながら私は知らない. これも出典を教えてほしい. 

 

 総じて, 試みとしては大変面白いが, 狙っている効果がうまくいっているとは思えない作品が多かったように感じる. 数学と文学を掛け合わせるという試みを作品にすることの難しさを感じた作品集であった.  

 

 さて, 最後に数学と文学といえばということで次の二つの本を紹介しよう.  

 1つ目はこの本である. 

数学をつくった人びと〈1〉 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

数学をつくった人びと〈1〉 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

 

 

数学をつくった人びと〈2〉 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

数学をつくった人びと〈2〉 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

 

 

数学をつくった人びと 3 (ハヤカワ文庫 NF285)

数学をつくった人びと 3 (ハヤカワ文庫 NF285)

 

   悪名高い数学者伝説捏造本である. 著者は数学者としてよりもSF作家として著名な人間なのである程度仕方ないのであろう. この本を読む際はある程度嘘が混じっていると思って読むのが最も良いと思う. これも一つの数学を題材にした文学であろう. 

 

 2つ目は少しマニアックであるが, 次の連続体仮説を題材にしたSFである. 

ホワイト・ライト (ハヤカワ文庫SF)

ホワイト・ライト (ハヤカワ文庫SF)

 

  

White Light

White Light

 

  著名なSF作家Rudy Ruckerの数学SFである. 事情があってまだ読みかけなのであるが, なかなかにおもしろい. 残念ながら日本語版は絶版になってしまっているようであるが, 機会があればぜひ一読していただきたい逸品である. ちなみに私は神保町の古本屋で発見した. 

 

追記 0815

 どうも知らぬ間に手加減をしていたようで, 伝わり切っていないようなので少し加筆をいたします. かなり手厳しいとは自分でも思いますが, そこはコンセプト自体には共感を覚えているからであって, こういった作品群の質を高めるために必要と思うからです. そのあたりをご了承の上, ここから先もお読みください. 

  

 これらの作品群のうち, 「パラドックスたろう」が最も根本的な問題を抱えているのでそれについていくつか意見を付け加える. 

 「パラドックスたろう」は確かにネット上では評判はもっとも良いようだ. しかし, それは「小説」としての評判のよさであろうか? 私にはそうは思えない節がある. 

 この小説に対する感想として「自分の知らないパラドックスがあるかもしれない」というものがあった. これは小説に対する感想とは自分には思えない. せいぜいパズルに対する感想であろう. 

  たとえは悪いかもしれないが, この小説内でのパラドックスには良く登場人物の頭の良さを示すのに記号的に使われる「フェルマーの最終定理」や「シュレディンガー方程式」以上の役割を果たしていないように思われる. 

 数学と文学の掛け合わせを目指すのであれば, そのような記号的な役割としてではなく, もっと掘り下げた形で扱ってほしかった. そういった意味において「パラドックスたろう」はもともとのコンセプトからすると「失敗」をしてしまっているのではないか. 

  コンセプトは非常に良いからこそもっと「文学」の良さを最大限引き出さないと「数学」の良さも際立たないのではないかと私は思う. 

 

 

 

......いろいろ書いたけど, 楽しく読みましたよ, もっちょさん, きっかんさん. 

*1:タイトルの二人は著者2名のことを指すのだろうが, 実数解はよくわからなかった.

夏休みだ. 読書感想文だ! 小中高生向け数学書紹介だ!!

 仮面の日曜数学者です. 

 世間ではそろそろ夏休みのようです. 私はむしろこの時期がもっとも忙しかったりするので, 夏休みは苦しい季節だったりします.......

 

 さて, そろそろ小中高生が読書感想文などに悩み始める時期かなぁ, ということでそんな子供たちのための数学書を並べてみようと思います. 読書感想文に悩んでいる理系っ子よ, 頑張れ! 

 今回は次のような基準で本を選びました. 

1. 小学生, 中学生, 高校生が読んで(たぶん)わかりそうなもの. 

2. 自分が読んだことのあるもの(またはそのリメイク, 再販)

3. マンガではない本(現状, マンガを学校の宿題に採用することを渋る教師が多いことを鑑みて......)

 それじゃあ, 張り切っていきましょう! 

(疲れすぎてテンションがおかしい.

 

【小学生~中学生くらい向け】

数の悪魔―算数・数学が楽しくなる12夜

数の悪魔―算数・数学が楽しくなる12夜

 

  子供のころに読んで楽しかった本です. 確か小学生のときに通っていた塾の本棚に紛れ込んでいたのを貸してもらって読んだのがファーストコンタクトです. この本と同じくらいの時期に父が買ってきたマンガ おはなし数学史―これなら読める!これならわかる! (ブルーバックス)*1の2冊が自分の数学好きの原点かもしれません. 

 赤い悪魔に導かれて, ロバート君が数学の世界を探検する話です. 

 登場する用語が独特で, ルートを「大根を抜く」と表現していたりします. 何となくですが「点の代わりに椅子, 直線の代わりに机, 球面の代わりにビールと呼ぶことにしても幾何学はできる」と宣言したヒルベルト形式主義のにおいを感じます(知ったかぶり). 

 用語はともかく内容の一部は高校以上のことに触れていたりしますね. なぜか$1+1=2$のラッセルの証明(を試みた跡)が載っているし......

 実家を出るときに父にねだって買ってもらったモノを売ってしまったのですが, 数年前, 本屋で見かけて懐かしくなりつい自分のお給料で買ってしまいました. 

 

【中学生向け】

はじめまして数学 リメイク

はじめまして数学 リメイク

 

 この本のリメイク前の本を全巻中学生の時に読みました. 当時は寝る間も惜しんで夢中になって読んだ記憶があります. 

 数の直感的「イメージ」から始まり, 記数法などの話やベクトルを使った足し算引き算のイメージの話, 虚数の話などをへて可算濃度の話にたどり着きます. 

 一部表現に誤解を招きそうだと感じる箇所がいくつかありますが, そういった箇所を自分で探すのも勉強かもしれません. 

 

【中学生~高校生向け】

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

 

  言わずと知れたサイモン・シンの名著ですね. ちょっとページ数が多いので読むのが大変ですが, 読書感想文の題材としては良いかも. 

 幾人もの数学者を歴史の闇に葬ると共に数学の歴史を大きく動かしたフェルマー予想が解かれるまでの過程を書いた本です. 

 同じ作者の次のシリーズも読書感想文の題材としては良いかもしれません. 

 こちらは我々の生活を支える「暗号」の話です. 

暗号解読〈上〉 (新潮文庫)

暗号解読〈上〉 (新潮文庫)

 

 

暗号解読 下巻 (新潮文庫 シ 37-3)

暗号解読 下巻 (新潮文庫 シ 37-3)

 

 

【中学生~高校生向け】*2

文庫 放浪の天才数学者エルデシュ (草思社文庫)

文庫 放浪の天才数学者エルデシュ (草思社文庫)

 

 

放浪の天才数学者エルデシュ

放浪の天才数学者エルデシュ

 

  

ガロア―天才数学者の生涯 (中公新書)

ガロア―天才数学者の生涯 (中公新書)

 

 

ビューティフル・マインド: 天才数学者の絶望と奇跡 (新潮文庫)

ビューティフル・マインド: 天才数学者の絶望と奇跡 (新潮文庫)

 

 

 数学者の伝記シリーズ. このあたりしかぱっと思いつかなかったけれど他にもたくさんありそうです.  これらも読書感想文にぴったりです. 

 ただ, ガロア周辺の伝記シリーズは注意深く選んだ方が良いです. 悪名高い数学をつくった人びと (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)のシリーズの誤った記述を真に受けて書かれた本も多いからです. 

 特にコーシーがガロアを評価していなかったという記述がある本は間違いなく誤りです. コーシーがガロアを高く評価していたという記述のある手紙が発見されていますので......

 

【高校生向け】

数学ガール (数学ガールシリーズ 1)

数学ガール (数学ガールシリーズ 1)

 

 高校生, 読書感想文あるのかなとも思うのですが, 一応.

 結城先生の有名な本ですね. いまだに続編が書かれているのでやはり人気があるのでしょう. 個人的には一番最初の巻が読んでいて一番面白かったです. 

 内容は主人公の「ぼく」が「ミルカさん」という美人天才女子高生と「テトラちゃん」というかわいい後輩といちゃいちゃしながら数学をする話です(我ながら身もふたもない説明. 結城先生ごめんなさい......). 

 たまにこのストーリーが邪魔になる程度に「数学」の部分は結構しっかりしています. 

 

【高校生向け】

オイラーの贈物―人類の至宝eiπ=-1を学ぶ

オイラーの贈物―人類の至宝eiπ=-1を学ぶ

 

 みんな大好きオイラーの公式\[e^{i\theta}=\cos\theta +i\sin\theta\]の高校生向けの解説本ですね. 文庫版で持っています. 

 電卓周りの記述は正直蛇足だなと思うし, 人類の至宝は$e^{i\theta}=\cos\theta +i\sin\theta$であって, $e^{i\pi}=-1$はそこから自明に出てくる式なのでなんだかなぁという気もしますが, 入り口としては良いでしょう. 

 読んだことはないですが下の本も同著者では有名ですね. 分厚すぎて読む気が起こらなかったが......

虚数の情緒―中学生からの全方位独学法

虚数の情緒―中学生からの全方位独学法

 

 

【番外】

円周率1000000桁表

円周率1000000桁表

 

    「数表で読書感想文かけるか!!」と思うのですが, ここの出版社なぜかこの本で読書感想文を募集していたりします. 

15/05/27:円周率100万桁表読書感想文コンクールについて :暗黒通信団

 誰が募集するんだろうと思っていたら, 募集があったみたいで驚きです. 物好きだなぁ. 

 ここの出版する本で高校生でも読めそうな本が一冊だけあったのでそちらも紹介しておきましょう. これを読書感想文に使うのもありかも. 怪しい名前の団体から出ているけど, 内容に変なところはないです. あるとしても誤植くらいです. 

整数論のための前菜

整数論のための前菜

 

 

 僕に思いつくのはこのぐらいです. 結構自分にとって懐かしい本が結構ありました. これ以外にも良い本はきっとありますから, 本屋に行って探すなりAmazonのサジェストに従うなりすると良いと思います. 

 それでは小中高生の皆さん, 宿題頑張ってください! おじさんも陰ながら応援しています. さよなら. さよなら. さよなら. 

*1:マンガなので今回は除外......

*2:小学生向けにしようか迷ったのですが, ここに挙げた本は小学生向けとは言い難いのでこれで......

【速報】日曜数学を冠した本が出版される

 みなさん, こんにちは. 

 仮面の日曜数学者です. 

 

 なんと, 日曜数学を頭に冠した本が出版されたらしいです. 

日曜数学者のための命題論理入門C0H

日曜数学者のための命題論理入門C0H

 

 

 著者名なんて読むんだろう......?

 円周率で有名な暗黒通信団から出ているっぽいですね. あそこは何を考えているんだ. 

 表紙を見る限り, 完全性について主張しようとしているんでしょうか?

 

 実物をまだ手に入れていないのですが, 値段が378円って書いてあるので, そのうち本屋で手に入れてみようかと思います. 読んだら感想をここに書こうかと思っています. 

 いったいどんな本なのでしょうか......?(トンデモじゃないかと不安な顔

 こわいなぁ, こわいなぁ......

今日もバカ噺を一つ

 仮面の日曜数学者です. 

 

 キチンとした記事を書こうとすると, やっぱり時間がかかるので今日もバカ噺を書こうかと思います*1.

 今, 白雪姫がケーキを統計を使って公平に分割する話がはやっているようなので, そういった噺を一つ. 

motcho.hateblo.jp

 

統計に詳しいという噂のJは絶対に飛行機に乗らないことを公言している. 

曰く「飛行機には爆弾がのせられている確率が高い」からだそうで. 

そんな彼を飛行場で見かけた. なんと飛行機の搭乗待ちらしい. 

なぜだろうと思って話を聞いてみると

「飛行機には爆弾が一個乗っている確率は高いが, 二個乗っている確率が低いことが分かった. 特に一個一個別々に飛行機に乗せられる確率はかなり低い. だから, すでに一個持ってきた」

 

*1:キチンとしたのも並行して書いていますが, 間違ったことを書きたくないので, 取材に時間がかかります......

数学小噺を一つ.

 仮面の数学者です. 前回の更新が2か月前なんて信じない......

 毎日のようにブログを更新できる人を僕は心の底から尊敬しています. 創作で最も難しいのは最後まで作品を完成させることだっていうけど, ブログも同じような気がします. 

つまり, 大事なのは根気......

 

 今日書こうと思い立ったのは「数学ジョーク」についてです. 

 

 数学やっている人は意外とジョークが好きです. 一番の好例は存在しない数学者をあたかも存在するかのように扱ったBourbakiの件でしょう. 彼らの場合フランス人なので「えすぷり」ってやつですかね.

 

 そんなわけかどうかはわかりませんが, 世の中には「数学」をテーマにしたジョークがたくさんあります. 今日はその中から有名なものを一つ. 

 イギリスのコンウォールの大草原の中を汽車が走っていく. その中で学会帰りの天文学者, 物理学者, 数学者, 生物学者が談笑していた. そんな4人の目の前の草原に黒い動物がいるのが見える. 天文学者が言う. 

「コンウォールのヤギは全身が黒いんだなぁ」

それを聞いた物理学者が笑いながら

「それは少し正確じゃない. コンウォールにいるヤギのうちの一匹の全身が黒いんだ」

それを聞いた数学者はボソッとつぶやいた. 

「それだから君らはよく間違いを犯すんだ. もっと正確にはコンウォールにいるヤギのうちの一匹は少なくともこちら側が黒いんだ」

それを聞いていた生物学者, 笑いをかみ殺しながらこういった. 

「君たち, あれは羊だ. 」

 

非参考文献

 個人的に落語が好きで昔, 天狗連っぽいことをやっていました. そんなときにこういった数学ジョークを使っていました. そんなわけで好きな落語の本をここに置いておきます. 

落語こてんパン (ちくま文庫)

落語こてんパン (ちくま文庫)